恋は揺らめぎの間に
彼との出会いは、高校1年生の時。寒さが厳しい冬の朝のことだった。
「あの! これ落とさなかった!?」
私は早めの電車に乗って通学していた。人気のない、朝の静かな学校が好きだった。だから、人に話しかけられるとは思ってもいなくて。背後から突然かけられた大きな声に恐る恐る振り返ったことを覚えている。あまりに高い背に、さらに驚いた。逆光でその表情を読み取ることはできなかったが、息を切らして私を追いかけてきたようだということはわかった。
「これ、君のだよね…?」
その手には、見覚えのある栞。私が問題集に挟んで使っている、子どもの頃に大好きだった少女アニメのキャラクターを描いた、手作りの栞だ。人の手に渡ると思って作ってたものではなかったので、あまりの恥ずかしさに顔がカアッと赤くなる。
「えっ…あっ…!」
私のです!とは言えなかった。それは凄く勇気がいることだった。
子どもの頃の少女アニメが未だに好きなことも、手作りしちゃっていることも、それが人にバレたことも、凄く、凄く恥ずかしかった。穴があったら入りたい、なんてものじゃない。恥ずか死ぬ。それくらいのレベルで。ましてや相手は見知らぬ男子である。
返事ができないでいると、彼は出しかけていた手に栞を握らせてきて、爽やかに告げた。
「このアニメ、いいよね。 姉が見てて、僕も一緒に見てたんだ。」
「な、何で……!?」
「花江さんが問題集に挟んで使ってたの知ってたんだ。 ほら、数学の補講、受けてるよね?」
その時、雲がかかったのだろうか。日が陰り、初めて彼の顔を見た。身長の割には小さな、整った顔。好みど真ん中の顔。それが優しく私に微笑みかけている。
「僕、夏木慶人。5組。 よろしくね。」
栞を拾われた恥ずかしさでいっぱいの、忘れられない、彼との出会い。
あの日から、私は彼のことが徐々に気になり始めて、気づいたら初めての恋をしていたというわけだ。
毎日彼を探した。接点を作ろうとした。だけど、気持ちを伝えることはできなかった。ただ毎日彼を追いかけて、高校時代を過ごした。
拗らせて、拗らせて、約2年。そうして私の恋は、高校の卒業式の日に終わりを迎えた。