恋は揺らめぎの間に
ほとんど会話もないまま、マンションに着いてしまった。エレベーターに乗り込むと、一層気まずさが増す。
何か、話さなくちゃ。でも、何を話せばいいの?
心臓がバクバクしている。思考は堂々巡りだ。
チン、とエレベーターが目的の階に着いたことを知らせる。足は自然と家に向かって歩き出す。
このまま、何も話さないまま別れて良いのだろうか…。
そう思っていた矢先のことだった。
「…静香ちゃん。」
慶人君の部屋の前。後ろから、腰に手が回され引き止められた。肩に慶人君の頭が乗って、柔らかな髪が頬をくすぐる。
「もうちょっと、一緒にいれないかな…?」
「えっ…?」
心臓が一層、バクバクと音をたてる。
今から、もうちょっと一緒に…?
時計はもう少しで日をまたごうとしている時間帯だ。それがどういう意味か、わからない歳でもない。仮にそういう関係にならないにしても、この時間帯を部屋で、2人きりで一緒に過ごすのは……それが指す意味は………。
「私、今日は…!」
慶人君の腕は簡単に解くことができた。振り返り、やっとのことで声を振り絞った時、慶人君の奥でエレベーターがチンと着いた音がして、間もなく開いた扉から甲高い女性の笑い声が廊下に響き渡った。
「アハハ! なんだよ〜いいとこ住んでるじゃん!」
予期せぬタイミングに、私達の間で気まずい雰囲気が流れる。
「それで? 慎司の部屋はどこなのさ!?」
「近所迷惑です。 もう帰ってください。」
「なんだと〜!? お姉さんが可愛い後輩君の一人暮らしを心配して着いてきてやったっていうのに! 安心しなさい! ちょーっと覗いたらすぐ帰るから!」
すれ違いざまに聞こえた名前に、え?と反応して顔を上げる。
向こうもこちらに気づいたようで、目を見開いた。
「静香…?」
「慎司君…?」
何故、このタイミングで会ってしまったのだろうか。
真っ白になる頭では何も考えられず、ただ唖然と慎司君を見つめたまま動けなくなってしまった。
「え? なになに? 知り合い? ご近所さん?」
慎司君の隣で、お酒の匂いを纏った綺麗な大人の女性がニコニコ笑いかけてくる。
「ん? アナタ、どこかで見たことある〜!」
ぐっと顔を近づけてくる女性との間に入ってくれたのは慎司君だった。
「先輩、ここまでです。」
「わっ!」
慎司君にぐいっと手を引かれ、そのまま家へと連れ込まれる。
「え!? 静香ちゃん!?」
バタン!と扉が激しく閉められる。
「………慎司、君?」
扉を背に立つ慎司君は、とても怖い顔をしていた。