恋は揺らめぎの間に
「で、初恋の人と運命の再会を果たしたから、もう用のない慎司君はさようなら!って訳ね!」
「そ、そんな人聞きの悪いこと言わないでよ!」
「静香ったら、名前に似合わずとんだ悪女ね。」
「だから、話を聞いて!」
昨日の出来事を一人で抱えていることができなくなり、ある程度の事情を知っていた友人、佐伯一華ちゃんに話した。彼女との出会いは大学の入学式。ガイダンスで席が隣になったことがきっかけだ。
彼女は雑誌の読者モデルになるほどイマドキで綺麗な人だが、なかなか実直で辛辣な物言いをする子で、私はよく相談に乗ってもらっていた。性格こそ正反対だが、何故か気が合って一緒にいるのだ。
「で、初恋の人とやらはこの大学なのよね?」
「そうみたいだけど…。」
「ちょっと見に行こう!」
「もう! 絶対に今楽しんでるでしょう!? 人が悩んでいるっていうのに!」
一華ちゃんは「ごめんごめん」とケラケラ笑って言う。昼休みの食堂には人が沢山いるというのに、周囲の人が何かあったのかとちらっと見るくらいには大きな声で。
「…一華ちゃんに相談した私が馬鹿だった。」
「そうね。その通りだと思うわ。」
「えぇー…。」
「だって静香がナヨナヨしてるの、理解できないんだもの。 決めたんでしょ? 選んだんでしょ? 今の彼を。」
「いや、彼っていうか……。」
「ああ、“繋ぎ”だっけ?」
頭が痛くなる。が、彼女の言う通りなので反論はできない。
あの日の決断を、今更後悔しているのかと言われたら違うと思う。あの時できる、最善の選択だったと思っている。けれど、だ。忘れようと頑張っていた、想いを拗らせた初恋の相手がまさかまた現れるなんて、誰が想像しただろう。しかも、隣人として現れるなんて。
「でもさ〜。 その繋ぎ君も災難よね。」
「え?」
「だってさ? クリスマスプレゼントに彼女に同棲をお願いしたら、彼女が忘れられない人と再会したんだよ? 災難〜。」
一華ちゃんは余程私の話が面白かったのだろう。帰り際にもまだその話をしていた。
「本当に楽しそうだよね…。」
「まあね。 静香が今世紀稀に見ぬ悪女で面白い。」
「…そうだよね。」
「あれ? 反論しないの?」
反論など出来るものか。散々一華ちゃんに言われて、どれだけ自分が酷い女であるのか、改めて思い知ったのだから。
卒業式の日。夏木君が幸せになった日。私の恋心は捨てようって決めて、そのために慎司君の手をとった。でも、あの日から1年が経とうというのに、まだ捨てきれていなかった。…いや。捨ててこようとすらしていなかったのではないか。
慎司君は、優しかった。無理強いは絶対にしないし、あの日の決断を責めることもしない。自分のことを“繋ぎ”というように、恋人らしいことはしたことも求めてきたこともない。あるとすれば、手を何度か繋いだだけ。その優しさに、甘えていたのではないだろうか。ずっと、ずーっと私の心を守ってくれる慎司君に対して、私は……。
ふぅ、と息をついた。
今夜、慎司君に話そう。繋ぎとして使ってほしいと言われたけれど、これまで甘えてきてしまったけれど、いい加減にすべきだ。
夏木君とこれからも顔を合わせて、その度に昨日や今朝のように取り乱してしまうのなら、尚更……。
「静香。」
胸の奥深いところにすとんと落ちてくる、静かで、低くて、落ち着いた大人の男性の声。
大学の門のところ。とても寒がりなのに、家で待っていればいいのに、短い髪をニット帽で隠して、マフラーをぐるぐるに巻いて。さっきまで寒そうに肩を竦めて小さくなっていたのに、そんな素振りも私を見つけるなり止めて。
「え!? ちょっ、静香の今の彼ってあの人!?」
そんな優しい彼を、利用するのはもう止めなくちゃ。解放してあげなくちゃ。
「おかえり。」
わざわざマフラーを下げて言う彼に、笑みが溢れる。
「ただいま。」