恋は揺らめぎの間に
一華ちゃんはメイクを直してくれながら、一つ一つ、慎重に言葉を選ぶように話し始める。
「静香は優しいからさ、色々考えてると思うんだけど、その優しさって、あの2人にとってはとっても残酷だって…それは認識してる?」
目を背けていたことに触れられ、心がぐさっとした。けれど、言ってもらえて良かったとも思った。
ずっと嫌だったのだ。優柔不断な自分が。そしてそれを慎司君と慶人君の2人が受け入れてくれていることが。2人から優しくされていいはずがないのに、それがわかっていて、その優しさに甘んじている自分がすこぶる嫌だった。
沈黙は肯定。そう受け止めたのだろう。一華ちゃんは続ける。
「このままじゃ、静香は2人とも失うことになるよ?」
「そうなったら…自業自得だよね。」
「こら。」
つん、とおでこを指で押される。投げやりになるなと、一華ちゃんは怒って言った。
「私ね、昔好きだった人に… お前とは付き合えても、結婚は考えられないから、お前と付き合うのはお互い時間の無駄だって、フラれたことがあるの。」
「え!?」
突然明かされた一華ちゃんの過去。それも強烈な告白の断り方に開いた口が塞がらない。
そんなことを言われたらショックで立ち直れなくなりそうなのに、このことを話す一華ちゃんはスッキリとした顔をしていた。
「私、その通りだと思ってて、それ以来告白をする時やされる時に考えるの。 その人と付き合って、どうなりたいか。 具体的には、付き合った先に結婚を考えられる相手かどうか。」
「結婚って……」
「気が早いって思う? でもね、モデルしてるからかな? 私、女の賞味期限は短いって思っているの。 だから、貴重な時間を誰とどう過ごすかは、私にとっては凄く大事。」
貴重な時間を、誰とどう過ごすか…。
私は今までの自分を振り返る。
高校時代、私は慶人君を想うだけで、あの日告白していた女の子のように、最後まで行動には移せなかった。貴重な時間を、何もせずにいた。だから卒業式の日に忘れようと…忘れなければならないと思ったのではないか。それを招いたのは、貴重な時間を無駄に過ごした自分のせいだ。それまで、慶人君に想いを伝える努力も、慶人君に好かれようとする努力も足りなかった、自分のせい。
そして、卒業してからの貴重な時間を、慎司君と過ごすと決めたのも自分だ。慶人君を忘れるために利用するのは、別に慎司君である必要性はないのに。あの日、これからの時間を慎司君と過ごすと決めたのは私だ。
そして、今の状況を招いているのは私だ。貴重な時間を無駄にして、貴重な時間を何の覚悟もなく慎司君と過ごすことにした自分のせいで、今、こうなっている。
因果応報。 全部、全部、私だ。
そして、これからどうするのか…
それぞれの貴重な時間をどうするのか、委ねられているのも私。
「考えてみて。 静香がこれから、ずっと一緒にいたい相手。 いれる相手。 結婚だって考えられちゃう、そんな相手。」
最後に、と一華ちゃんがハイライトを乗せる。すっと鼻筋を筆が通っていって目を開けると、ちょっとはマシになった私の顔が鏡に映っていた。
「まあそれには? ちゃんと2人と話すといいよ。」
一華ちゃんには、本当にお世話になっている。一華ちゃんが今日傍にいてくれたこと、こんな私の友達になってくれたこと、見捨てないでくれていることに、とても、とても、感謝した。