MIMOSA
「ねぇ、慎司君! 今日の目的地って、ここ!?」
慎司君はこくりと頷く。バスを乗り継ぐ間、もしかしたらと思っていた。それは木々を彩るイルミネーションで核心に変わる。慎司君が連れてきてくれたのは、大学生になったら絶対に行きたいと思っていた、このあたりでは一規模が大きなクリスマスマーケットだった。
「ここ、ずっと来たかったの!」
昨日の夏木君との出会いの衝撃だとか、そのことを慎司君にずっと黙っていた罪悪感だとか、慎司君に何と言って話を切り出そうかと悩んでいたとこだとか、色んなことが一瞬で吹き飛んだ。
はしゃいでしまう私の手に、慎司君の長い指がするりと控えめに絡んでくる。
「行こう!」
早く行きたくて、そのまま慎司君を引っ張っていった。
光輝くイルミネーション。それを歩いて見て回りながら屋台を巡って夕飯を買い漁った。念願のホットチョコレートは熱くて甘くて。クリスマスマーケットへ来たらやりたかったことを片っ端から解消していった。大きなクリスマスツリーを背景に、写真撮影も忘れない。
慣れというのは怖いもので、ナチュラルに寄り添う画面の中の自分と慎司君を見て我に返った。
「し、慎司君!! 話があるの!!」
近くのベンチに慎司君を引っ張っていって座らせる。ほどよく周囲に人がおらず、ちょうどよい環境だった。
いつもなら隣に座る私が座らないのを不思議がって、慎司君が顔を覗き込んでくる。
「どうした? 疲れた?」
「ううん。そうじゃなくて、あの……」
ここまで来てしどろもどろになる私の、繋いだままになっていた手を、慎司君がすりすりと優しく撫でてくる。
「昨日、何かあった?」
「え!? どうしてそれを……」
まただ。じーっと、見つめてくる、この全てを見透かされているような、この真っ直ぐな視線に、私は滅法弱い。
「実は…ね。」
「ん。」
「………会ったの。」
「え?」
「…昨日、会ったの。 その…高校の時の、夏木君に。 ぐ、偶然なんだけどね!?」
そう。本当に偶然。やっと住み慣れてきた慎司君の家に帰ってきて、さあ入ろうと鍵を開けた時だった。声をかけられたのは。
誰が思うだろう。隣の家の住人が、初恋の人だなんて。
「それでね、その……!」
「付き合うことになった?」
「まさか! それはないよ! だって昨日会ったばっかりだよ!? 最後に会ったのは高校の時でっ……」
慎司君の切れ長な目がゆっくり細くなり、優しい顔になる。
「大丈夫。」
「え?」
「俺は“繋ぎ”だから。 静香に彼氏が出来たら、その時はちゃんと消えるから。 そういう話だっただろう?」
「そのことなんだけど! 今更私が言うのもおかしいけれど、それじゃあ慎司君に悪いと思うの! 夏木君が現れようが現れまいが、もっと早く言うべきだったのにごめんなさい! あの日のことはなかったことにっ……」
「それはできない。」
慎司君が珍しく語気を強めた。
怒らせた。そう思ったが、普段感情を表に出さない慎司君が、泣きそうな顔をしていたことに驚く。
「慎司君…?」
「俺は後悔していないから、俺のことで静香が思い悩むことはない。 ただ利用してくれれば、それでいいんだ。」
それからも慎司君は、私が何を言おうが、今の関係を変えるつもりはないと言う。私に心から想う人がいれば、この関係は解消する。けれど、それは今ではないと。
あの日、最善だと思っていた決断を、ここに来てはじめて、深く、深く後悔した。
私は一人の人間の人生を、台無しにしてしまったのではないだろうか。それも、一番輝かしい時間を。
慎司君がこの関係を解消する気がない場合、私は、どうすればいいのだろうか……。
「こんにちは、花江さん。 珍しいね。 今から学校?」
夏木君に再会さえしなければ…。いや、遅かれ早かれ向き合わなければいかなかった問題であったはずだ。ただ、私の心を引っ掻き回すのが、ただ夏木君であっただけ。ただ、青春を捧げた、忘れられない恋の相手だっただけ。
私があの時先延ばしにしていた、私の心に向き合う時が、今来たのだ。