恋は揺らめぎの間に
どうして今、こんな状況になっているんだろう。
小さな私の歩幅に合わせて、隣を並んで歩いてくれる夏木君を横目でちらりと見る。
相変わらず、憎たらしいほどに綺麗な、それでいて私の好きな顔をしている。ずっと見ていられる程。
高校の時にこの角度から彼を見ることはほとんどなかった。正面もほとんどなかった。大体が後ろ姿だった。
「この間あまり話せなかったから、また会えて嬉しい。 実は、扉を開けるタイミングを見計らってたんだよね。」
「えっ!?」
「同じ高校からまさか進学してきた人がいるとは思わなかったから。 しかも隣に住んでたなんて気づかなくて、浮かれちゃって。 ごめん、気持ち悪いよね。」
「そんなことないよ! 私も、会えて嬉しい…。」
慎司君がいてくれているのに。利用しているのに。
「そう言ってもらえてよかった。」
本当に嬉しそうに笑う夏木君に、心がチクチク痛む。高校の時は、嬉しくてたまらなかったのに。いつまでもその笑顔を向けていてほしくて、ずっと見ていたかったもののはずなのに。今は眩しすぎて、目を背けたくなる。
ふと、夏木君には彼女がいたことを思い出した。今も彼女と続いているのだろうか。それとも、今は新しい彼女がいるのだろうか。
「夏木君って、高校の時、彼女いたよね?」
きっと今も。
「突然だね。」
「なんか、こうして一緒に歩いているのは彼女さんに悪いと思って…。」
「大丈夫。 いないよ。」
思ってもいなかった返事に、バッと夏木君を仰ぎ見る。
「嘘…!」
「嘘をついてどうするの。 本当だよ。 いたこともないかな。」
「それは嘘でしょう? だって卒業式の時…!」
「え?」
キョトンとした表情を浮かべる夏木君に、頭が真っ白くなる。
卒業式の時、夏木君は確かに告白を受けていた。そして、相手の女の子は告白が成功していたと言っていた。もしかして、女の子が嘘をついていた?それとも夏木君が今嘘をついている?
仮に女の子が嘘をついていたとしたら、夏木君を想い続けていても良かった?無理に忘れようとしなくてもよかった?
卒業式のあの日、ちゃんと夏木君と話して、大学も同じだとわかっていたら、私は………
「慶人くーん!」
大学の門をくぐった時、夏木君に後ろからガバッと女性が抱きついてきた。
「サンタコス調達出来た〜?」
「こんにちは、千波先輩。 危ないですから、降りて下さい。」
「ごめんごめん、重かった?」
大人の綺麗な女性の思ってもみない登場の仕方にポカーンと口を開けていると、私の存在に気づいた女性が顔を覗き込んできた。丁寧に巻かれた髪がふわりと揺れて、素敵な匂いの香水が香る。
「慶人君ったら、今日は珍しいタイプの子連れてるね。 こういう子もタイプなんだ〜。」
「先輩、花江さんが困ってますから…。」
「花江何ちゃんっていうの?」
「静香です。よろしくお願…」
「はいよろしくー! それより、急ぐよ慶人! 遅刻遅刻!」
ぐいぐい夏木君の腕を引っ張っていく先輩を宥めながら、夏木君は連絡先だけ交換しようと言ってくれた。
「ごめんっ! この埋め合わせは必ず!」
夏木君から連絡があったのは、その日の夜だった。
《明後日の夜、予定がなければ一緒にご飯でもどうかな?》
明後日は12月25日。クリスマスである。