サイコな結婚詐欺師は恋に仕事に子育てに今日も忙しい。

22.レオ、兄が大好き。

次の日、僕は元気になったけれど、兄上はいくら起こそうとしても起きなかった。
「ダンテが起きないから、今日は1人で学校に行ってくれる?」

僕は母上の言葉に悲しくなった。
「はい、帰りも自分で帰ってくるのでご安心ください。」
僕はそう返して学校に向かった。

エスパルの学校は3歳以下は親の付き添い登校が義務付けられていた。
母上は学校の付き添いルールを忘れてしまったのだろう。

今まで母上が僕と兄上の登校に付き添ってくれていたのは3歳の僕のためだと思っていた。

「僕は兄上のおまけだったのか⋯⋯」
僕は1人で学校に向かいながら考えていた。

学校帰りに、帝国が攻めてきた時、亡命するため母上に泳ぎの練習をさせられた。
貴族ばかりが住む首都の川で泳ぐ人などいなくて、周りから笑われていた。

兄上は面白がっていたけれど、僕は衛生状態が分からない川で泳ぐのも周りの目も気になった。

「それでも、僕のことを思ってくれる母上が嬉しかったのに。兄上のおまけだったのか⋯⋯」
僕は母上がもしもの時、兄上だけでなく僕も一緒に連れ出してくれようと思っていることが嬉しかったからずぶ濡れになりながら毎日泳いだ。

母上はいつも兄上だけを見ていたから、僕のことが彼女の瞳に映ることはなかった。

兄上は天才でエスパルという国を十分熟知して、幹部候補として監視されないよう能力を隠していた。
僕は2歳の時点で幹部候補になってしまったので、常に監視がついてしまった。

深夜、監視の交代が行われる数分だけ兄上の部屋に行ってお喋りをするのだけが楽しみだった。

「いつだって、起こしていいから。レオが思っていることを話して!」
その言葉に甘えて僕は毎晩兄上を起こしてお喋りをした。

「エスパルの平民の7割が一目見ただけで相手の殺意を察知しするんだ。すぐに物事を忘れてしまうのは6割の人間が持つ特徴だ」

兄上はよく人間を観察する人で、エスパルの人間の分析結果を話をしてくれた。

「まあ、忘却力と言えば聞こえは良いが、要は恐怖体験の連続により脳が萎縮してしまい記憶容量が極端に少なくなっているだけだけどな」

兄上の話によると母上がすぐに色々なことを忘れてしまうのは、彼女がずっと辛い目にあってきたからだと分かり胸が苦しくなった。
母上が殺意を察知する能力があるのも、彼女が平民の出身だからエスパル特有の軍事訓練を受けて危険にさらされ続けたせいだ。

兄上は思慮深く、僕のように安易に自分の能力を晒したりしなかった。
僕は母上が話して欲しそうだと思ったら、すぐに話してしまった。

学校で母上の立場が悪そうだったので、成績の良い子になれば立場が良くなると思い能力を晒してしまった。
兄上のように毎日を楽しめないのは自分の浅はかさのせいだった。

「母上はどちらの特徴も非常に強く持っている気がしますが、常に追い詰められているからこそ力を発揮しているのでしょうか」
僕の目には常に母上が神経をすり減らしているように見えたので、兄上に尋ねた。

「その通り、エスパルの人間は常に極限状態にあるから超能力的な力を発現していたりする、母上も同じだ」
兄上は母上のことを自分の親というより、とても客観的に人として分析していた。

「俺らの母上は面白いぞ。娯楽を取り上げられた国民は単発の不倫をすることが多いが、彼女は結婚へのこだわりが異常に強く、長期に渡る結婚詐欺をしているんだ」
兄上は笑いながら、僕に母上の日記帳を見せてきた。

「日記帳を勝手に見てしまっては、母上が可哀想ではないですか?」
僕が彼に言ったが、面白いから見てみるようにと母上の日記帳を見せられた。

「俺は2歳の頃、ジルベールに会ったことがある。臨月の母上を見てストレス太りといった男だ。イケメンだが都合が良すぎて、母上自身も自分の願望が作り上げた妖精ではないかと疑っている」

兄上が言った言葉に、僕は自分がもう1人の男ミゲルに会ったことを思い出した。

「僕は生後5ヶ月の時、このミゲルという人物に会ったことがあります。美しく背も高い方で、声も低く落ち着いていて素敵な方でした」
母上が彼と会う時は、僕をベビーシッターで預かった子だと言っていた。

その時は傷ついたけれど母上は実家に仕送りをしていて、子爵邸で割り当てられた予算では足りない部分を補っていると思い心を慰めた。
それに母上は兄上が天才だとは知らなくて、兄上の才能を見つけ出したいと絵画や音楽の家庭教師を雇ったりしていたからその教育費を捻出していたのだ。

「エスパルの人間はみんな面白いけれど、俺たちの母上は最高に面白い。母上が当たりでラッキーだったよ」
兄上が笑いながらそう言った。

自分の親に対して当たりや、ハズレを考える感覚を僕は持っていなかった。
ただ、母上には幸せになってほしい、僕のことも見てほしいと思っていた。

「レオのお陰で毎日が楽になった。彼のような天才を私が産めたのは、イケメンを隣に置き神に自分の価値をアピールしてきたお陰だ」
目で追ってた彼女の日記帳に僕のことが書いてあったことに驚いて呟いていた。

「エスパルの人間は6割くらいが王族を神のように心から崇めて、残りは神などいないと絶望してる。俺らの母上は自分で謎の神を作り出してる。流石母上!」
兄上がまた楽しそうに笑う。

彼はよく流石母上と言っていた。

僕も真似をして彼女の行動を同じように褒めるようにした。
そうすれば、彼女が僕を兄上と同じように愛してくれるのではないかと期待したからだ。

「僕、自分が母上からこんなに愛されているとは思いませんでした」

母上が僕のことについて書いていたことが嬉しくて涙が溢れてきた。

「いや、母上はレオのこと大好きだと思うぞ。」

兄上が心配で慰めるように言ってくる。
彼は優しい、母上を見ていれば僕のことを忘れているんじゃないかと疑いたくなる時の方が多い。

「僕は12歳になったらヴィラン公爵家の養子になってエスパルの幹部になるそうです。その時が来たら、エスパルを滅亡させても良いですか?」

僕はずっと考えていたことを兄上に話した。
12歳になったら兄上と離れるのが嫌だった。

ヴィラン公爵は自称天才で、天才ではない。
やることなすこと雑な上に、脅しで人を屈させる低俗なやり方しかできない。
エスパルの現政権は脆弱で滅亡させようと思ったら簡単だ。

「急にどうした? 別に良いけど、エスパルの生活そんなに嫌か?」
兄上が心配な顔をしてきて聞いてきたので、とりあえず安心させようと首を振った。
彼はエスパルの生活を楽しんでいた。

それは、しっかりと彼が周りを思慮深く観察してきたから送れている生活だ。
浅はかに物事を進めて、自業自得に苦しくなっている僕が自分の勝手で今の彼の生活を壊して良いのかとずっと考えていた。

「母上が帝国がエスパルを攻めてきたら泳いで逃げると言ってました。僕を連れて行くのを忘れるかもしれません。自分が母上に忘れられてしまう存在だったと確認するのが怖いんです」
僕は気がつくと、兄上と離れるよりも僕が恐れていることを彼に告白していた。

その瞬間、彼に力強く抱きしめられた。
「母上はレオを忘れないし、俺は絶対レオから離れないから大丈夫」
骨が2、3本折れるかというくらいの力に痛かったけれど、僕はその痛みに安心した。
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