サイコな結婚詐欺師は恋に仕事に子育てに今日も忙しい。

4.リーザ、皇帝を落としにいく。

「あなたの9年に渡る2件の結婚詐欺について教えてくれる?」

エレナ・アーデン侯爵令嬢がいかにも艶っぽい美女声で語りかけてくる。
これ程、美しく優雅な人間を私は見たことがない。

4回に渡る面接は、私はあまりに短い時間で終わってしまって落ちたのではないかとハラハラした。
しかし、最終面接、今私は用意してきた自己アピールもできないまま難しい質問をされている。

最終面接は皇帝陛下かエレナ・アーデン侯爵令嬢のいずれかが面接官になるらしい。
私は面接官が皇帝陛下であることを期待した。

そこで、見初められて仕舞えば目的の1つは達成できる。
そして私は結婚詐欺などした覚えはない。
9年ということはミゲルとジルベールとの関係を指しているのだろう。
身辺調査される可能性を考え、縁を切ってきたのに行動を起こすのが遅かったかもしれない。

「私は結婚詐欺などしていません。結婚詐欺というのは結婚を仄めかし金銭を搾取する行為ですよね。戸籍上、女は1人の男性としか結婚できない為、私は彼らと籍を入れられなかっただけです。」
詐欺などと言われると心外だ。

私は金銭を搾取した覚えはない。
ジルベールからは私の自尊心を得るための愛を搾取した。
ミゲルからは金銭を受け取っていたが、それは生活費として彼が渡してきたから受け取ってただけだ。

「ふっ⋯⋯」
アーデン侯爵令嬢は鼻で笑っているのが分かった。
優雅に扇子で表情を隠しているが、バカにされている気がする。
こんな面接とは関係ない質問をするのはおかしい。

もっと、帝国のために何ができるかなど自己アピールをさせて欲しい。
4回の面接で散々語ってきて、最終では私がどういう人間が知りたいならそういう質問をして欲しい。
彼女の質問が興味本位のもので、私を受からせる気など最初からない気がして腹が立った。

「興味本位の質問は不愉快です。私の帝国へ貢献できる能力ではなく私についてご興味がおありなら趣味でも語りましょうか」
アーデン侯爵令嬢は私を合格させる気などないのだ。
それならば、言いたいことを言ってやる。

アラン皇帝には皇宮を歩き回っていれば会えるかもしれない。
彼にさえ、見初められれば帝国に住むこともできダンテとレオに良い生活をさせられる可能性が高い。

「ふっ、ではご趣味はなんですの?」
また、アーデン侯爵令嬢は表情を扇子で隠しながら言ってきた。
趣味を聞かれて困ってしまった。

正直、子供達を守り生きていくのに精一杯で趣味など持ったことがない。

「人間観察でしょうか。人の表情から今何を考えているのか察っするように常にしています。」
扇子で隠してもバカにしているのは分かっているぞということを、彼女に暗に伝えたつもりだった。

「ふっ。」
私の警告も虚しく、また扇子で表情を隠しながら彼女がバカにしたように笑うのが分かった。

「人間観察は有用な趣味だと存じますが、侯爵令嬢のご高尚な趣味を参考までに教えて頂けますでしょうか」
もはや面接の体を成していないのは分かっていたが、常に他の女と戦う生活をしてきたからだろうか。
彼女に対してもバカにされたままでは終わりたくないという、闘争本能が出てきてしまった。

「自分の美との対話」
彼女は扇子を外し、優雅で美しい表情で言った。

「素晴らしい、ご趣味ですね。私も、是非見習って自分の美と対話したいです」
私はとりあえず彼女の趣味を褒め称えた。

「残念ね、世界で私だけに許された趣味なの」
また、彼女が扇子で表情を隠しながら優雅に言った。
お前程度のルックスでは、無理な趣味だといえば良いのに⋯⋯。
彼女の嫌味を含んだ貴族的な会話術がより私を苛立たせる。

私だって、本当はそんな変な趣味持ちたいなんて思っていない。
とりあえず、褒めてあげたのに本当に癪にさわる女だ。

「私は侯爵令嬢より、美しい方を見たことがありません。でも、私は可愛い系なのでタイプが違うだけです。」
彼女が美しいの最高峰なら、私だって可愛いの最高峰だ。

「ふっ、だから自分の息子と同じ年の皇帝陛下も落とせると思っているの?」
彼女はまた扇子で表情を隠しながら言ってきた。
しかも、また鼻で笑った。

さっきは適当に人間観察と言ったが、私は生きるために必死に人間を観察してきた。
バカにされている、この雰囲気をけとられないとでも思っているのだろうか。

それにしても、私が皇帝陛下狙いなことがバレている。
バレてしまっては仕方がない、私の必要性を彼の正妻になる予定のこの女に説いておくか。

「確かに私は戸籍上31歳となっていますが、実際は18歳です」
実際は未成年に間違われることが多いから16歳くらいだろう。
しかし、帝国の試験の受験資格が18歳からなので18歳ということにしておこう。

「侯爵令嬢と私は同じ年ですが、並んで歩いたら侯爵令嬢の方がお姉さんに見えますよ」
彼女が戸籍上の年齢を気にしているようだから、それは全く重要でないことを説くことにした。
多分、12歳の美少年皇帝陛下とは私の方がお似合いに見えてしまうかもしれない。

アーデン侯爵令嬢は絶世の美女だが、美しすぎて、年齢不詳な感じがする。
実年齢通り18歳と言われればそんな気もするが、24歳と言われても27歳と言われてもそんな気がする。

「なぜ、あなたと私が姉妹なの?」
アーデン侯爵令嬢が優雅に尋ねてくる。
女の私でも見惚れるような美しさと気品を感じる。
私は年上に見える老け顔だというのを、彼女の真似をして貴族的な言い回しでお姉さんと言ったつもりだった。
通じなかったのならば、直接的に伝えてあげよう。

「私より侯爵令嬢の方が年上に見えるという意味で言いました。皇帝陛下のご年齢を考えると私の方がお似合いに見えてしまいそうです。」
私が言葉の意味を伝えた瞬間、彼女の目が攻撃的なものに変わったのが分かった。

今にも人を殺しそうな攻撃的な視線。
普通の人間なら震え上がっているだろう。
残念ながら、エスパルの平民として生まれた私には見慣れたものだった。

18歳以上の男女であれば、妊娠していない限り全てに兵役義務があるエスパル。
常に他国への侵略を考えていたエスパルが戦う兵士を増やすためした政策だ。
実際には全ての人間に兵役義務があるわけではない。
貴族にはその兵役義務がないのだ。

そのため私はマラス子爵と結婚した時点でその兵役義務を免れている。
エスパルの平民は常軌を逸した訓練をしていた。
15歳になった時から、毎月のように自分の村の人間と1対1で殺しあうのだ。
私は18歳までに何人もの幼馴染を自分が生きるために殺してきている。

そして、当たり前のように殺した幼馴染の親からは攻撃的な視線を浴びてきた。
子の仇を討ちたい親から殺されかけたこともある。
まともな訓練を施す経費よりも、平民の命の方がエスパルでは軽かった。
多く恨みをかいながら村に居続けることは辛かった。
いっそ、狂ってしまえれば楽なのに理性的な私には無理だった。

エスパルの教科書のエスパル国民は知能が高く優秀だという記述だけは間違っていないのかもしれない。
狂人になっても不思議ではない環境なのに、みんな自分のしたことを省みてしまうだけの賢さが備わってしまっていた。

エスパル出身者は水色の髪に、水色の瞳をしている。
帝国では存在しない特色だ。
だから周りから見ればすぐに出身が分かってしまう。

最終面接の待機室でエスパル出身の人間の多さに帝国の人たちは驚いていた。
私は皇帝陛下がエスパル出身者を平等に扱ってくれるならば、当然そうなると予想してたので驚かなかった。
中央で要職に就くことに憧れて試験を受けている帝国民と、地獄を見てきたエスパル出身者では覚悟が違うのだ。

「ダンテを処理しましょうか。あなたには手に余る子でしょう?」
アーデン侯爵令嬢がしなやかな声で言ってきた。

暗に老け顔と言われたことが、自分の美に絶対的な自信を持つ彼女を怒らせたのだろう。
非常に腹が立っているだろうに、淡々として優雅な振る舞いを保っている彼女はやはり他の貴族令嬢とはレベルが違う。
しかも、私が言われて一番嫌なことを言ってくる。
子供のことまで把握しているという脅し、私自身の命を狙う言葉よりずっと効果がある。

「彼は帝国の貴重な宝となる人材です。そのようなこと皇帝陛下はお望みでしょうか?」
子供というのは無限の可能性を秘める世界の宝だということを私は主張した。
ダンテはエスパルにいる時も、ずっと問題児とされていた。

エスパルの貴族は2歳から全員が学校で1日10時間教育を受ける義務がある。
平民ではないので兵役義務はなかったが、貴族として長時間にも及ぶ教育を毎日受ける義務があった。
彼が言葉を発したのは4歳でその前は授業をまともに受けず非難され、言葉を発し出したら度々授業を妨害すると抗議された。
教室を出てってしまうことも多く、私はその度に学校に呼び出された。

でも、私は一度も彼が手に余ると思ったことがない。
彼が現れるまで、私は愛おしいという感情を知らなかった。

赤子を見ても可愛いと思うどころか煩わしいとしか感じなかった。
だから、愛してもいない相手との子など当然愛せないと思っていた。

ダンテが生まれて、彼の水色の澄んだ瞳を見た時、今までなかった私の感情が溢れかえったのだ。
愛しい、守りたい、可愛い、この子のためなら死ねる。
散々人を殺してきた人間が持てる感情だとは思わなかった。

「帝国貴族はいついかなる場面でも人前で涙は見せるべきではないわ」
アーデン侯爵令嬢の凛とした声で言ってくる。
私は慌てて頬に手を当てた。

湿っていて、自分が泣いていることが分かった。
私はダンテのことを考えると彼の漠然とした未来を思いすぐに泣いてしまう癖があった。

ダンテが帝国の役に立てるかどうかなんてどうでもいい。
私にとって彼は私の心を救ってくれた唯一の存在だからだ。

「海にあなたとダンテとレオが漂流したとして、そこに3人乗ると沈んでしまうボートが浮いていたの。あなたはどうするのかしら?」

アーデン侯爵令嬢が相変わらずの美女声で尋ねてきた。

彼女の瞳から攻撃的なものが消えている。
彼女は自分自身の中で理性を総動員しあれほど殺意の混じった怒りを鎮めたのだ、只者ではない。

「まずは、ダンテとレオをボートに乗せて、私が泳ぎます。3人で交代して泳ぎながら岸まで辿り着きます。」
私達は3人とも泳げる。
普通のエスパルの貴族は泳ぎなど練習しない。

しかし、エスパルの平民は夜中の川を泳ぐ練習をさせられた。
敵国に奇襲をかける時にボートを使うとバレてしまうからだ。

貴族として生まれたダンテやレオは泳ぎの練習をする機会がなかった。
でも、私はエスパルがいつ帝国から攻められても亡命できるようにしときたかった。
だから、2人の子供を学校帰りに川に連れて行き徹底的に泳ぎを教えた。

自分の身は自分で守るために必要な技術だったからだ。
助けなど待ってもくるかわからない、そんな不確かなものを信じられる環境に育っていない。

「残念、岸までは600キロもあるのよ」
アーデン侯爵令嬢が手元の書類にサインをしてから渡してきた。

「リーザ・スモア伯爵を帝国の宰相に任命する。え、宰相に、伯爵?!」
私は思わず受け取った書類を読み上げ、驚きのあまりでそうになった大きな声を手で押さえた。





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