サイコな結婚詐欺師は恋に仕事に子育てに今日も忙しい。
8.リーザ、運命の恋をする。
「今日からアカデミーね。はい、これお弁当」
ダンテとレオを見送ったら、私も出勤しなければならない。
アカデミーには編入という形になっているので入学式はない。
初日は私が着いて行きたかったが、私も勤務初日なので難しかった。
「道は大丈夫そう?」
私が尋ねるとダンテが元気よく言ってきた。
「昨日、彷徨いたから大丈夫」
昨日、宰相宅として割り当てられた豪邸に散々はしゃいでしまった。
多分、やるべきことはたくさんあったはずだが、命の危険なく過ごせる日々を思うと幸せで踊り出したくなったのだ。
使用人や執事は全てお断りした。
私は元平民だから家事全般することができるし、他人を家に入れることのリスクを嫌という程知っていたからだ。
これから愛する子供たちと豪邸での生活がはじまると思うと心がはずんだ。
アカデミーの制服もしっかりと用意されていたが、やはりダンテは制服を着ることを嫌がった。
彼は硬い生地が苦手なのだ。
だから、シャツ姿のままになってしまっている。
怒られたりするだろうか、でも着たくないのだから仕方がない。
「母上、お忙しいのにお弁当までありがとうございます。」
弟のレオが私の心配を感じ取ったのか明るい声で声をかけてきた。
そうだ、しっかり者のレオが付いているからきっと大丈夫だ。
「いってらっしゃい」
彼らを見送って、皇宮へと急いだ。
とりあえず、行政部と向かった。
皇帝陛下にご挨拶が先かと思ったが、見初められてしまう可能性を考えると怖かった。
エレナ・アーデンが与える恐怖心というのは、エスパルでサバイバルしてきた私にも効果があるのだから驚きだ。
原因はダンテの名前を彼女が出して脅してきたからだろう。
私は自分の身は守れても、離れている時の彼の身を守る術がない。
彼女はとてつもなく恐ろしく賢い女だ。
そんな女に私は自分しかできないことを見せなければならないのだ。
行政部に入ると、みんなが一斉に立ち上がった。
1人1人自己紹介をしてくる。
全く、名前が覚えられない。
実は私の脳のメモリーはそんな大きくない。
それに気がついたのは、マラス元子爵のファーストネームを忘れた時だった。
ダンテとレオがエスパルで受けていた貴族の授業を私は受けたことがなかった。
私は18歳で結婚するまでは平民でエスパルにとっては兵隊だったからだ。
帰宅時に行う高速暗記でいつもダンテがすぐ終わってしまって教室の前でレオを待った。
ダンテの性格を考えると、1秒でも早く学校を立ち去りたいだろうにレオを待たなければならないのを可哀想に思った。
そこで、私は自分自身が家で高速暗記を実践しコツを掴んでレオに伝えようと思ったのだ。
私は、やっと砂時計が落ちるまで書類の束を暗記することに成功した。
ふと、部屋を出たら帰宅した夫と出会した。
私は彼の名前を忘れていることに気がついた。
自分の住んでいるのが、マラス子爵邸だということだけは覚えていた。
彼のことを他の妻たちは名前で呼んでいて、その度にそんな名前だったと思い出したが。
また、すぐに忘れてしまった。
「あなた」か「マラス子爵」と呼べば良いことに私が気づいてしまっていたのだ。
だから、私の中で彼の名前は必要のない情報として常に消去されていた。
高速暗記を極めたことでの弊害が起きているのか、忘れたいことが多すぎてそうなったのかは分からないが問題はなかった。
膨大な帝国の試験内容は自分にとって必要なことなので覚えられたと思う。
おそらくそれを覚えたことで、他のどうでも良いことを忘れているだろう。
エレナ・アーデンの書類も覚えなければいけないと分かっていたので覚えられた。
しかし、今目の前にいる同僚になるだろう人間を1人も覚えられない。
私は命の危険に晒され続けていたせいか、感がよく働く。
ここにいる誰も私の命や大切なものを奪う危険性がなければ、名前を覚えなくても仕事が成り立つと私がどこかで思ってしまっているのだ。
「私は、行政部での経験があります。ぜひ、私を頼ってください。」
初老の貴族が私に話しかけてきた。
「はい、お願いします。」
私は、そう返事をして午前中はひたすらに事務処理に取り組んだ。
お昼時になると、みんな部屋から出て行った。
「社食でもあるのかしら」
私は初めての場所に戸惑ってしまいながらも、少し皇宮を探検しようと庭の方に出た。
「わっ。申し訳ありません」
歩いていると、しゃがみ込んでいるオレンジ色の髪をした男性にぶつかってしまった。
なんで、こんなところにしゃがんでいるのよ、流石に見えなかったわ。
「いえ、こちらこそ申し訳ありません」
謝りながら立ち上がった、彼の緑色の瞳を見た時、一瞬にして私は心を奪われてしまった。
曇りのない純粋さと聡明さを感じるその瞳は私が今まで世界で見たことのない色をしていた。
私を見つめ返した彼の瞳も輝いた。
もしかして、彼も今私に恋をしてくれたかもしれない。
そうであれば嬉しい、私にとっては初めてのことなのだ。
「リーザ・スモアと申します。伯爵位を頂き、本日から宰相として働かせて頂いております」
咄嗟に、私は自己紹介をしていた。
なんだか今とても頭が空っぽになっている。
「エドワード・リースと申します。俺も今日から子爵なんです。どうぞ宜しくお願いします」
彼の澄んだ声が私の心に染みていく。
オレンジ色のふわふわの髪が日に当たって眩しい。
エスパルでは見ることのなかった明るい太陽のような色。
「今回の帝国の要職試験は9教科のうち5教科で学習範囲も膨大だったでしょう。あれだけの新しい知識を得て、とてつもない倍率を勝ち抜いて宰相職を得るなんて尊敬します」
彼が胸に手を当てながら言ってくる言葉に、私は生まれの違いを感じてしまった。
帝国法や帝国史といった帝国にまつわる5教科の他に国際政治、国際史など世界にまつわる4教科があった。
エスパルで教わるものとは、世界に関する教科こそ内容が全く違っていた。
エスパルの平民だった私は貴族生まれのダンテやレオが芸術や文化などを含めた様々な教育を受けてきたのとは違い、兵士としての訓練と洗脳教育だけを受けてきた。
帝国にまつわることは新しい気持ちで学ぶことができたが、世界にまつわることは自分たちがいかに偏向教育を受けてきたかが突きつけれれ苦しかった。
私たちは植え付けられた知識を頭から必死に消去して比べないように意識し、新しく9教科の膨大な知識を学習した。
「ぐぅー」
私のお腹がなる音がした、恥ずかし過ぎる。
もっと、空腹に耐えていた時もあるのに何故今なったのだ。
「あの、良かったら、一緒に食べませんか?エスパル出身の方ですよね、よろしければ皇宮を案内します」
彼は私の手を取りエスコートし、目の前に止まっていた馬車に乗せた。
向かいに座る彼をぼんやりと見つめていると、バスケットを取り出してきた。
被せてあったチェックの布を取り払うと中からサンドイッチが出てきた。
「俺が作ったもので申し訳ないのですが、感想を頂けると嬉しいです」
頬を染めながら彼が私に言ってくる。
程なくして馬車が動き出した。
馬車で皇宮を周り案内しながら、ランチをするということだろう。
「なんだか、楽しいです。馬車の中で食事をするのは初めてなので。どのサンドイッチも美味しそうですね」
私はイチゴが挟んであるフルーツサンドを取り出し食べてみた。
今まで感じたことのないフワフワした多幸感が襲ってくる。
「イチゴはもう半分小さくカットして、サンドイッチした後、サンドイッチをしっかり押して型崩れを防いだ方が良いかも知れません」
私がサンドイッチの感想を言うと、彼はメモを取り出し私の言ったことをメモしていた。
真面目な人だ、メモを必死にとっている姿が可愛い。
「あの、このサンドイッチ何かに使うんですか?」
純粋に疑問に思ったので、彼に聞いてみた。
「まだ、しっかりとアイディアが定まっていないのですが、えっと、俺の身の上話をできるだけ簡潔に話すので聞いて頂いても良いですか?」
彼が遠慮がちに言った言葉に私は歓喜した。
「いえ、思う存分身の上話してください。夕方まででも明日まででも、あなたの話が聞きたいです。」
私がそういうと彼が真っ赤になった。
なんだか、髪色と相まって人参みたいだ。
ちなみに緑色の瞳が人参のヘタだ。
「今日は、俺の爵位継承式でした。父の爵位を継承したのですが、本当にこれで良かったのかまだ分かりません」
彼が静かに語り出している。
私は彼の迷いの理由を知っている。
彼の父親であるリース子爵が散々領民を苦しめてきたからだ。
同じように悪政を強いたコットン男爵などは領地を召し上げられている。
にも関わらず自分の領地は息子の自分に代替わりしただけだから、不公平さを感じているのだろう。
「俺は領民の苦しみなど全く気が付かず、父上の言葉だけを信じ父上は領民に尽くす良い領主だと思っていました」
彼が苦しそうに、絞り出すような声で伝えてきた。
「実際、父上のしてきたことは自分の懐を温めるために領民を苦しることだったのです、度々、領地で暴動が起こっているのに俺は苦しむ領民ではなく対応に忙しい父上にしか心を寄せていませんでした」
彼の声が震えてきていて、私は思わず彼の手を握りしめた。
話を続けて欲しかったのだ、彼が溜めている苦しみを少しでも吐き出せればと思った。
彼は優しい人だ。
彼ともっと早く出会いたかったと思ったが、もし彼がエスパルの平民として生まれていたら彼は15歳で死んでいた。
暴動が起こせるくらい自由のある領民に心を寄せられる人間では、殺し合いに負けてしまう。
だから、出会ったのは今で正解なのだ。
「帝国の要職に就き、中央の政治に関わることが夢で今回の試験に出願したんです。すぐに、アーデン侯爵令嬢に呼び出されました」
彼の静かな語りの中にエレナ・アーデンの名前が出てきて私は思わず息を呑んだ。
「出願書を目の前で破りながら、父の爵位を継承するようにと言われました。そして父上が領地でしてきた悪政の全てを明かされたのです。侯爵令嬢は無駄を嫌い事実しか言わない方なので俺はその怖しい真実にショックを受けました。」
彼の言葉に彼がどれだけショックを受けたかが伝わってくる。
出願書を目の前で破りながら、そんな真実を告げるのは人を追い込む天才だエレナ・アーデンは。
「領民感情を思えば、息子の俺ではなく他の貴族に領地を明け渡した方が良いのではないかと彼女に言いましたが、自分たち臣下が考えるべきは陛下のお気持ちのみだと突っぱねられました」
彼の言う通りだ、血の繋がった息子が継ぐことに対する反発が絶対あるはずだ。
これから、彼は針の筵で仕事をすることになるだろう。
「リース子爵領は縦に長く川を隔てて3つの国と接していて、川沿いに各国の首都があり富裕層がそこに住んでいます。橋を川に通せば観光地として栄えるから、まずは子爵邸をホテルにリノベーションするよう言われました」
エレナ・アーデンは彼にはそんなアドバイスをくれるのか、彼は実は見込まれているのではないだろうか。
「子爵邸をホテルにリノベーションしてしまったら、エドワード様はどこに住むのですか?」
ダンテとレオを見送ったら、私も出勤しなければならない。
アカデミーには編入という形になっているので入学式はない。
初日は私が着いて行きたかったが、私も勤務初日なので難しかった。
「道は大丈夫そう?」
私が尋ねるとダンテが元気よく言ってきた。
「昨日、彷徨いたから大丈夫」
昨日、宰相宅として割り当てられた豪邸に散々はしゃいでしまった。
多分、やるべきことはたくさんあったはずだが、命の危険なく過ごせる日々を思うと幸せで踊り出したくなったのだ。
使用人や執事は全てお断りした。
私は元平民だから家事全般することができるし、他人を家に入れることのリスクを嫌という程知っていたからだ。
これから愛する子供たちと豪邸での生活がはじまると思うと心がはずんだ。
アカデミーの制服もしっかりと用意されていたが、やはりダンテは制服を着ることを嫌がった。
彼は硬い生地が苦手なのだ。
だから、シャツ姿のままになってしまっている。
怒られたりするだろうか、でも着たくないのだから仕方がない。
「母上、お忙しいのにお弁当までありがとうございます。」
弟のレオが私の心配を感じ取ったのか明るい声で声をかけてきた。
そうだ、しっかり者のレオが付いているからきっと大丈夫だ。
「いってらっしゃい」
彼らを見送って、皇宮へと急いだ。
とりあえず、行政部と向かった。
皇帝陛下にご挨拶が先かと思ったが、見初められてしまう可能性を考えると怖かった。
エレナ・アーデンが与える恐怖心というのは、エスパルでサバイバルしてきた私にも効果があるのだから驚きだ。
原因はダンテの名前を彼女が出して脅してきたからだろう。
私は自分の身は守れても、離れている時の彼の身を守る術がない。
彼女はとてつもなく恐ろしく賢い女だ。
そんな女に私は自分しかできないことを見せなければならないのだ。
行政部に入ると、みんなが一斉に立ち上がった。
1人1人自己紹介をしてくる。
全く、名前が覚えられない。
実は私の脳のメモリーはそんな大きくない。
それに気がついたのは、マラス元子爵のファーストネームを忘れた時だった。
ダンテとレオがエスパルで受けていた貴族の授業を私は受けたことがなかった。
私は18歳で結婚するまでは平民でエスパルにとっては兵隊だったからだ。
帰宅時に行う高速暗記でいつもダンテがすぐ終わってしまって教室の前でレオを待った。
ダンテの性格を考えると、1秒でも早く学校を立ち去りたいだろうにレオを待たなければならないのを可哀想に思った。
そこで、私は自分自身が家で高速暗記を実践しコツを掴んでレオに伝えようと思ったのだ。
私は、やっと砂時計が落ちるまで書類の束を暗記することに成功した。
ふと、部屋を出たら帰宅した夫と出会した。
私は彼の名前を忘れていることに気がついた。
自分の住んでいるのが、マラス子爵邸だということだけは覚えていた。
彼のことを他の妻たちは名前で呼んでいて、その度にそんな名前だったと思い出したが。
また、すぐに忘れてしまった。
「あなた」か「マラス子爵」と呼べば良いことに私が気づいてしまっていたのだ。
だから、私の中で彼の名前は必要のない情報として常に消去されていた。
高速暗記を極めたことでの弊害が起きているのか、忘れたいことが多すぎてそうなったのかは分からないが問題はなかった。
膨大な帝国の試験内容は自分にとって必要なことなので覚えられたと思う。
おそらくそれを覚えたことで、他のどうでも良いことを忘れているだろう。
エレナ・アーデンの書類も覚えなければいけないと分かっていたので覚えられた。
しかし、今目の前にいる同僚になるだろう人間を1人も覚えられない。
私は命の危険に晒され続けていたせいか、感がよく働く。
ここにいる誰も私の命や大切なものを奪う危険性がなければ、名前を覚えなくても仕事が成り立つと私がどこかで思ってしまっているのだ。
「私は、行政部での経験があります。ぜひ、私を頼ってください。」
初老の貴族が私に話しかけてきた。
「はい、お願いします。」
私は、そう返事をして午前中はひたすらに事務処理に取り組んだ。
お昼時になると、みんな部屋から出て行った。
「社食でもあるのかしら」
私は初めての場所に戸惑ってしまいながらも、少し皇宮を探検しようと庭の方に出た。
「わっ。申し訳ありません」
歩いていると、しゃがみ込んでいるオレンジ色の髪をした男性にぶつかってしまった。
なんで、こんなところにしゃがんでいるのよ、流石に見えなかったわ。
「いえ、こちらこそ申し訳ありません」
謝りながら立ち上がった、彼の緑色の瞳を見た時、一瞬にして私は心を奪われてしまった。
曇りのない純粋さと聡明さを感じるその瞳は私が今まで世界で見たことのない色をしていた。
私を見つめ返した彼の瞳も輝いた。
もしかして、彼も今私に恋をしてくれたかもしれない。
そうであれば嬉しい、私にとっては初めてのことなのだ。
「リーザ・スモアと申します。伯爵位を頂き、本日から宰相として働かせて頂いております」
咄嗟に、私は自己紹介をしていた。
なんだか今とても頭が空っぽになっている。
「エドワード・リースと申します。俺も今日から子爵なんです。どうぞ宜しくお願いします」
彼の澄んだ声が私の心に染みていく。
オレンジ色のふわふわの髪が日に当たって眩しい。
エスパルでは見ることのなかった明るい太陽のような色。
「今回の帝国の要職試験は9教科のうち5教科で学習範囲も膨大だったでしょう。あれだけの新しい知識を得て、とてつもない倍率を勝ち抜いて宰相職を得るなんて尊敬します」
彼が胸に手を当てながら言ってくる言葉に、私は生まれの違いを感じてしまった。
帝国法や帝国史といった帝国にまつわる5教科の他に国際政治、国際史など世界にまつわる4教科があった。
エスパルで教わるものとは、世界に関する教科こそ内容が全く違っていた。
エスパルの平民だった私は貴族生まれのダンテやレオが芸術や文化などを含めた様々な教育を受けてきたのとは違い、兵士としての訓練と洗脳教育だけを受けてきた。
帝国にまつわることは新しい気持ちで学ぶことができたが、世界にまつわることは自分たちがいかに偏向教育を受けてきたかが突きつけれれ苦しかった。
私たちは植え付けられた知識を頭から必死に消去して比べないように意識し、新しく9教科の膨大な知識を学習した。
「ぐぅー」
私のお腹がなる音がした、恥ずかし過ぎる。
もっと、空腹に耐えていた時もあるのに何故今なったのだ。
「あの、良かったら、一緒に食べませんか?エスパル出身の方ですよね、よろしければ皇宮を案内します」
彼は私の手を取りエスコートし、目の前に止まっていた馬車に乗せた。
向かいに座る彼をぼんやりと見つめていると、バスケットを取り出してきた。
被せてあったチェックの布を取り払うと中からサンドイッチが出てきた。
「俺が作ったもので申し訳ないのですが、感想を頂けると嬉しいです」
頬を染めながら彼が私に言ってくる。
程なくして馬車が動き出した。
馬車で皇宮を周り案内しながら、ランチをするということだろう。
「なんだか、楽しいです。馬車の中で食事をするのは初めてなので。どのサンドイッチも美味しそうですね」
私はイチゴが挟んであるフルーツサンドを取り出し食べてみた。
今まで感じたことのないフワフワした多幸感が襲ってくる。
「イチゴはもう半分小さくカットして、サンドイッチした後、サンドイッチをしっかり押して型崩れを防いだ方が良いかも知れません」
私がサンドイッチの感想を言うと、彼はメモを取り出し私の言ったことをメモしていた。
真面目な人だ、メモを必死にとっている姿が可愛い。
「あの、このサンドイッチ何かに使うんですか?」
純粋に疑問に思ったので、彼に聞いてみた。
「まだ、しっかりとアイディアが定まっていないのですが、えっと、俺の身の上話をできるだけ簡潔に話すので聞いて頂いても良いですか?」
彼が遠慮がちに言った言葉に私は歓喜した。
「いえ、思う存分身の上話してください。夕方まででも明日まででも、あなたの話が聞きたいです。」
私がそういうと彼が真っ赤になった。
なんだか、髪色と相まって人参みたいだ。
ちなみに緑色の瞳が人参のヘタだ。
「今日は、俺の爵位継承式でした。父の爵位を継承したのですが、本当にこれで良かったのかまだ分かりません」
彼が静かに語り出している。
私は彼の迷いの理由を知っている。
彼の父親であるリース子爵が散々領民を苦しめてきたからだ。
同じように悪政を強いたコットン男爵などは領地を召し上げられている。
にも関わらず自分の領地は息子の自分に代替わりしただけだから、不公平さを感じているのだろう。
「俺は領民の苦しみなど全く気が付かず、父上の言葉だけを信じ父上は領民に尽くす良い領主だと思っていました」
彼が苦しそうに、絞り出すような声で伝えてきた。
「実際、父上のしてきたことは自分の懐を温めるために領民を苦しることだったのです、度々、領地で暴動が起こっているのに俺は苦しむ領民ではなく対応に忙しい父上にしか心を寄せていませんでした」
彼の声が震えてきていて、私は思わず彼の手を握りしめた。
話を続けて欲しかったのだ、彼が溜めている苦しみを少しでも吐き出せればと思った。
彼は優しい人だ。
彼ともっと早く出会いたかったと思ったが、もし彼がエスパルの平民として生まれていたら彼は15歳で死んでいた。
暴動が起こせるくらい自由のある領民に心を寄せられる人間では、殺し合いに負けてしまう。
だから、出会ったのは今で正解なのだ。
「帝国の要職に就き、中央の政治に関わることが夢で今回の試験に出願したんです。すぐに、アーデン侯爵令嬢に呼び出されました」
彼の静かな語りの中にエレナ・アーデンの名前が出てきて私は思わず息を呑んだ。
「出願書を目の前で破りながら、父の爵位を継承するようにと言われました。そして父上が領地でしてきた悪政の全てを明かされたのです。侯爵令嬢は無駄を嫌い事実しか言わない方なので俺はその怖しい真実にショックを受けました。」
彼の言葉に彼がどれだけショックを受けたかが伝わってくる。
出願書を目の前で破りながら、そんな真実を告げるのは人を追い込む天才だエレナ・アーデンは。
「領民感情を思えば、息子の俺ではなく他の貴族に領地を明け渡した方が良いのではないかと彼女に言いましたが、自分たち臣下が考えるべきは陛下のお気持ちのみだと突っぱねられました」
彼の言う通りだ、血の繋がった息子が継ぐことに対する反発が絶対あるはずだ。
これから、彼は針の筵で仕事をすることになるだろう。
「リース子爵領は縦に長く川を隔てて3つの国と接していて、川沿いに各国の首都があり富裕層がそこに住んでいます。橋を川に通せば観光地として栄えるから、まずは子爵邸をホテルにリノベーションするよう言われました」
エレナ・アーデンは彼にはそんなアドバイスをくれるのか、彼は実は見込まれているのではないだろうか。
「子爵邸をホテルにリノベーションしてしまったら、エドワード様はどこに住むのですか?」