お飾りの捨てられ聖女でしたが、記憶喪失を装ったら隣国の騎士団長に溺愛されました
3
「綺麗ですよ、マリア様」
全身鏡の前で、マリアはカローラに化粧を施されていた。
「ありがとう、カローラ。でも、その言葉を聞くのはもう七回目ですよ」
髪を結ってもらう度に、ドレスに着替える度に、カローラは何度も「綺麗」とマリアに向けた。
「これでも足りないぐらいです。レオナルド様も、マリア様に惚れ直してしまいますよ」
「……そうだといいんですが」
たしかにカローラに整えてもらったところは全て完璧だ。母がまだ生きていたころは、こうして綺麗にしてもらうのが好きだった。最近では、自分を磨くということもすっかり忘れてしまっていたけれど。
「ですが、本当にお一人で大丈夫ですか?」
カローラは心配そうにマリアを見つめた。
「レオナルド様がお戻りになってから一緒に向かわれるのでも」
「ですが、挨拶ぐらいでしたら一人でできますから。レオナルド様に頼ってもいられません」
視察で疲れているであろうレオナルドを思うと、交流会ではできるだけ短い時間の滞在にしたいと思っていた。そうであれば、自分でできるところは自分でしたほうがレオナルドの負担も少なくなるだろう。
「わかりました。私はご一緒できませんが、お帰りをお待ちしていますね」
交流会はあくまでも騎士と聖女だけの場。たとえ侍女や付き人がいたとしても、会場には立ち入ることができない規則になっている。
マリアはカローラの気持ちを受け取って「行ってきます」と微笑んだ。
微笑みが崩れそうになったのは、 交流会でルイジとビアンカに会ったからだ。
ルイジはマリアの顔を見るや、どこぞの美女がやってきたのかと見惚れていた。それを隣で見ていたビアンカが納得がいかないような顔をしてルイジの視線を追った。そしてその先に、マリアがいたことに驚愕した。
「……どうして、あなたがここに」
「お久しぶりです。……実は、婚約をいたしまして」
丁寧に挨拶するマリアに、ルイジは「そうか」とこれまでかけたこともないような穏やかな口調でマリアに近づいた。
「見違えたよ、その……君はあまり、華があるようには思えなかったから」
「もったいないお言葉です」
その光景を、ビアンカは憎たらしそうに見つめていた。そして、庭にある花壇を見つけると、にんまりと笑みを浮かべた。
「ルイジ様、もうすぐ陛下がいらっしゃるのでお迎えに行かれたほうがいいかもしれませんね」
「あ、ああ、そうだな。わかった、ちょっと行ってくるよ」
ルイジは名残惜しそうにマリアを見てから、渋々その場を離れていった。それを見送ったビアンカは、マリアへと視線を向けた。
「マリアさん、最近はここに来ていなかったからご存知ないかもしれないけど、綺麗な花が咲いているんですよ」
「まあ、そうなんですか」
「一緒に見に行きませんか?」
ビアンカに誘われ、マリアは大人しく従った。もちろん、これまで花になど興味を示したことがなかったビアンカが、本当に花を見ようなどとは思ってもいなかっただろうが。
「ほら、ここです。もう少し近づいて」
ビアンカが差したのは、以前にも咲いていた赤い薔薇だった。
「……ええ、とても綺麗──っ」
近づいたマリアは、背後から思いっきり背中を押されたことでバランスを崩した。あろうことか、その花壇に突っ込む形になった。
きゃあ、と声が上がる。
「何があったんですか」
周囲にいた人間が続々と花壇に集まる。そこには土だらけになり、花壇の花を乱すマリアがいた。
「あらあ、大丈夫ですか?」
ビアンカが口元を扇で隠しながら近づく。
「まあ、至る所に血が」
薔薇の棘がマリアを指し、血が薄っすらと滲んでいた。
しかしマリアは慌てて花壇から離れると、乱れた薔薇たちをすぐに立て直した。あんなにも綺麗に咲いていたのに、踏んでしまった今では萎れてしまっている。
「ふふ、ですがとてもお似合いですわよ」
ビアンカが言った。
「土がついているほうがマリアさんらしくて。髪もドレスも、そうして一度汚してからいらっしゃたほうがよかったんじゃないかしら」
その乾いた笑みが伝染するように、周囲が嘲笑っていく。そこにルイジがやってきてマリアを見ては目を見開いた。
「これは……やはり君は恥さらしだな」
先ほどとは打って変わり、ルイジは綺麗に着飾ったビアンカにぴったりと寄り添った。自分に相応しい女性は誰なのかを見せつけるように。
それでもマリアは必死に薔薇たちに手を差し伸べた。棘が指に刺さっても、それでも元に戻そうと一生懸命だった。その姿を周囲は笑っていたが──
「マリア」
たった一言、男が発したことで空気が変わった。
その場にいる誰もが目を奪われるようにレオナルドを見ていた。そのレオナルドは、ただマリアを見つめていた。
「あ……レオナルド様。も、申し訳ございません」
どこから謝ればいいのか。マリアは必死に言葉を探していた。しかしレオナルドは自身がかけていた黒いローブをマリアの肩にそっとかけた。
「レオナルド様……」
「遅くなってすまない」
レオナルドは、マリアの土だらけになった手を取り、優しく土を払った。そして傷だらけになった手にそっと口づけを落とす。
周囲があっと驚き、噂になってレオナルドの婚約者がマリアだったことを知る。
ビアンカもまた、密かに憧れを抱いていたあのレオナルドの婚約者がマリアだったことを知って驚きで声も出せなかった。
「痛いだろう。すぐに処置を」
「いいんです。それよりも、戻られる時間にしてはずいぶんと早いような」
「さっさと終わらせてきた。だが、そうして正解だったな。こうして綺麗なあなたに早く会うことができた」
恥ずかし気もなく言い放ってしまうその姿に、マリアは嬉しさと申し訳なさでいっぱいになった。レオナルドの負担にならないようにと思っていたのに、これでは一緒になって恥をかかせることになってしまった。
すると、視界の端で赤いドレスが見えた。
「レ、レオナルド様。お久しぶりです」
ビアンカだ。ルイジを置いて、なぜかマリアとレオナルドの前に立っている。
「お目にかかれて光栄です。その、婚約をなさったと……?」
しかしレオナルドはビアンカを見ることもなく「ああ」と答えるだけだった。
「ッ、レオナルド様、お耳に入れておいたほうがいいお話があるんです。お時間をいただけないですか?」
「あいにくだが、マリア以外に割く時間はない」
「そのマリアさんのお話なんです。この人は大聖女の娘でありながら、聖女の力はなく、人々を欺いているのです。婚約を考え直したほうがいいのではないですか?」
事実だ。実際、ルイジとの婚約も、嘘から始まったことだった。たとえマリアがついた嘘ではなくとも、ルイジからすれば同じことだろう。
しかしレオナルドは顔色を変えることなく、マリアを労わるように立たせた。
「言いたいことはそれだけか」
「え?」
「ではこちらからも耳に入れておいてもらおう。大切な婚約者にまた手を出せば、ただで済むとは思うな」
レオナルドは、こうなった原因をとっくに見抜いていた。その犯人がビアンカだったということも。
「ッ!」
「二度と俺の前に姿を見せるな」
行こうと、レオナルドに促され交流会をあとにした。
「あの、レオナルド様」
屋敷に戻ると、レオナルドはマリアを自分の部屋を招いた。そして傷の手当をしていく。
「ほかに痛むところがあるのか」
「いえ、そうではなくて……」
言い淀んだマリアだったが、これ以上黙っているわけにはいかないと意を決して口を開いた。
「私には……聖女の力がありません」
レオナルドの手が止まる。傷だらけになったマリアの手から、顔を上げ、マリアを見つめた。
「……記憶がないというのも嘘です。レオナルド様と婚約するためについた嘘で……私は、あなたと結婚する資格がないんです」
マリアはレオナルドからそっと手を引くと、深々と頭を下げた。
「偽りを重ねたこと、申し訳ございませんでした。処罰はどうか、私のみにお願いいたします。父は、何も知らなかったのです」
自分にできることは、もう父を守ることだけだった。
嘘をついたのは自分だけ。どうか、その話を信じてほしいとマリアは切に思っていたが。
「……どこまでも、誰かのために動くのだな」
レオナルドはマリアの肩を手を置き、顔を上げるよう伝えた。
「聖女の力がなくとも、記憶がないと偽っていたとしても、俺があなたに処罰を下すことはない」
穏やかに包み込むような声に、マリアは信じられない気持ちでいっぱいだった。
「どうして……」
「俺は、あなたに聖女の力がなくとも、婚約を申し込んでいたからだ」
そんなことは……。
しかしレオナルドの瞳には真剣な熱がこもっていた。
「十年前、あなたに一目惚れしたときから、ずっと想っていた」
「私に……?」
何もないと思っていた自分に、英雄であるレオナルドが想いを寄せていたなんて。
「聖女の力なんて必要ない。俺はあなたと結婚したい」
「ですが、騎士は聖女と結婚を──」
「関係ない。あなたを愛している。だからあなたと結婚したい」
大聖女を母に持ち、期待されてきた人生。いつしか、誰の期待にも応えることができず、ただ失望され生きてきたというのに。
「俺と結婚してほしい」
ただ一人、自分を必要とし、価値を見出してくれる人がいた。
その事実に、マリアの視界は涙で滲んでいた。
「騎士は聖女と結婚しなければならないのに……」
「そんなものは実力で周囲を納得させる」
「……本当に、私でいいのですか?」
「あなただから──マリアだから、俺は結婚したいんだよ」
そんなことを言われるような人生だとは思いもしなかった。
レオナルドとマリアが口付けをすると、あたり一面が白い光に包まれた。
「これは……」
「……聖女の力?」
マリアは父がいつも語っていた話を思い出す。
「本当だったんだ」
真実の愛など、おとぎ話のように思っていたのに。
温かな光。それらが二人を抱きしめるように包む。
「マリアの聖女の力は、愛が必要だったみたいだな」
「……はいっ」
二人はもう一度、愛を確かめ合うように、唇を重ねた。
END
全身鏡の前で、マリアはカローラに化粧を施されていた。
「ありがとう、カローラ。でも、その言葉を聞くのはもう七回目ですよ」
髪を結ってもらう度に、ドレスに着替える度に、カローラは何度も「綺麗」とマリアに向けた。
「これでも足りないぐらいです。レオナルド様も、マリア様に惚れ直してしまいますよ」
「……そうだといいんですが」
たしかにカローラに整えてもらったところは全て完璧だ。母がまだ生きていたころは、こうして綺麗にしてもらうのが好きだった。最近では、自分を磨くということもすっかり忘れてしまっていたけれど。
「ですが、本当にお一人で大丈夫ですか?」
カローラは心配そうにマリアを見つめた。
「レオナルド様がお戻りになってから一緒に向かわれるのでも」
「ですが、挨拶ぐらいでしたら一人でできますから。レオナルド様に頼ってもいられません」
視察で疲れているであろうレオナルドを思うと、交流会ではできるだけ短い時間の滞在にしたいと思っていた。そうであれば、自分でできるところは自分でしたほうがレオナルドの負担も少なくなるだろう。
「わかりました。私はご一緒できませんが、お帰りをお待ちしていますね」
交流会はあくまでも騎士と聖女だけの場。たとえ侍女や付き人がいたとしても、会場には立ち入ることができない規則になっている。
マリアはカローラの気持ちを受け取って「行ってきます」と微笑んだ。
微笑みが崩れそうになったのは、 交流会でルイジとビアンカに会ったからだ。
ルイジはマリアの顔を見るや、どこぞの美女がやってきたのかと見惚れていた。それを隣で見ていたビアンカが納得がいかないような顔をしてルイジの視線を追った。そしてその先に、マリアがいたことに驚愕した。
「……どうして、あなたがここに」
「お久しぶりです。……実は、婚約をいたしまして」
丁寧に挨拶するマリアに、ルイジは「そうか」とこれまでかけたこともないような穏やかな口調でマリアに近づいた。
「見違えたよ、その……君はあまり、華があるようには思えなかったから」
「もったいないお言葉です」
その光景を、ビアンカは憎たらしそうに見つめていた。そして、庭にある花壇を見つけると、にんまりと笑みを浮かべた。
「ルイジ様、もうすぐ陛下がいらっしゃるのでお迎えに行かれたほうがいいかもしれませんね」
「あ、ああ、そうだな。わかった、ちょっと行ってくるよ」
ルイジは名残惜しそうにマリアを見てから、渋々その場を離れていった。それを見送ったビアンカは、マリアへと視線を向けた。
「マリアさん、最近はここに来ていなかったからご存知ないかもしれないけど、綺麗な花が咲いているんですよ」
「まあ、そうなんですか」
「一緒に見に行きませんか?」
ビアンカに誘われ、マリアは大人しく従った。もちろん、これまで花になど興味を示したことがなかったビアンカが、本当に花を見ようなどとは思ってもいなかっただろうが。
「ほら、ここです。もう少し近づいて」
ビアンカが差したのは、以前にも咲いていた赤い薔薇だった。
「……ええ、とても綺麗──っ」
近づいたマリアは、背後から思いっきり背中を押されたことでバランスを崩した。あろうことか、その花壇に突っ込む形になった。
きゃあ、と声が上がる。
「何があったんですか」
周囲にいた人間が続々と花壇に集まる。そこには土だらけになり、花壇の花を乱すマリアがいた。
「あらあ、大丈夫ですか?」
ビアンカが口元を扇で隠しながら近づく。
「まあ、至る所に血が」
薔薇の棘がマリアを指し、血が薄っすらと滲んでいた。
しかしマリアは慌てて花壇から離れると、乱れた薔薇たちをすぐに立て直した。あんなにも綺麗に咲いていたのに、踏んでしまった今では萎れてしまっている。
「ふふ、ですがとてもお似合いですわよ」
ビアンカが言った。
「土がついているほうがマリアさんらしくて。髪もドレスも、そうして一度汚してからいらっしゃたほうがよかったんじゃないかしら」
その乾いた笑みが伝染するように、周囲が嘲笑っていく。そこにルイジがやってきてマリアを見ては目を見開いた。
「これは……やはり君は恥さらしだな」
先ほどとは打って変わり、ルイジは綺麗に着飾ったビアンカにぴったりと寄り添った。自分に相応しい女性は誰なのかを見せつけるように。
それでもマリアは必死に薔薇たちに手を差し伸べた。棘が指に刺さっても、それでも元に戻そうと一生懸命だった。その姿を周囲は笑っていたが──
「マリア」
たった一言、男が発したことで空気が変わった。
その場にいる誰もが目を奪われるようにレオナルドを見ていた。そのレオナルドは、ただマリアを見つめていた。
「あ……レオナルド様。も、申し訳ございません」
どこから謝ればいいのか。マリアは必死に言葉を探していた。しかしレオナルドは自身がかけていた黒いローブをマリアの肩にそっとかけた。
「レオナルド様……」
「遅くなってすまない」
レオナルドは、マリアの土だらけになった手を取り、優しく土を払った。そして傷だらけになった手にそっと口づけを落とす。
周囲があっと驚き、噂になってレオナルドの婚約者がマリアだったことを知る。
ビアンカもまた、密かに憧れを抱いていたあのレオナルドの婚約者がマリアだったことを知って驚きで声も出せなかった。
「痛いだろう。すぐに処置を」
「いいんです。それよりも、戻られる時間にしてはずいぶんと早いような」
「さっさと終わらせてきた。だが、そうして正解だったな。こうして綺麗なあなたに早く会うことができた」
恥ずかし気もなく言い放ってしまうその姿に、マリアは嬉しさと申し訳なさでいっぱいになった。レオナルドの負担にならないようにと思っていたのに、これでは一緒になって恥をかかせることになってしまった。
すると、視界の端で赤いドレスが見えた。
「レ、レオナルド様。お久しぶりです」
ビアンカだ。ルイジを置いて、なぜかマリアとレオナルドの前に立っている。
「お目にかかれて光栄です。その、婚約をなさったと……?」
しかしレオナルドはビアンカを見ることもなく「ああ」と答えるだけだった。
「ッ、レオナルド様、お耳に入れておいたほうがいいお話があるんです。お時間をいただけないですか?」
「あいにくだが、マリア以外に割く時間はない」
「そのマリアさんのお話なんです。この人は大聖女の娘でありながら、聖女の力はなく、人々を欺いているのです。婚約を考え直したほうがいいのではないですか?」
事実だ。実際、ルイジとの婚約も、嘘から始まったことだった。たとえマリアがついた嘘ではなくとも、ルイジからすれば同じことだろう。
しかしレオナルドは顔色を変えることなく、マリアを労わるように立たせた。
「言いたいことはそれだけか」
「え?」
「ではこちらからも耳に入れておいてもらおう。大切な婚約者にまた手を出せば、ただで済むとは思うな」
レオナルドは、こうなった原因をとっくに見抜いていた。その犯人がビアンカだったということも。
「ッ!」
「二度と俺の前に姿を見せるな」
行こうと、レオナルドに促され交流会をあとにした。
「あの、レオナルド様」
屋敷に戻ると、レオナルドはマリアを自分の部屋を招いた。そして傷の手当をしていく。
「ほかに痛むところがあるのか」
「いえ、そうではなくて……」
言い淀んだマリアだったが、これ以上黙っているわけにはいかないと意を決して口を開いた。
「私には……聖女の力がありません」
レオナルドの手が止まる。傷だらけになったマリアの手から、顔を上げ、マリアを見つめた。
「……記憶がないというのも嘘です。レオナルド様と婚約するためについた嘘で……私は、あなたと結婚する資格がないんです」
マリアはレオナルドからそっと手を引くと、深々と頭を下げた。
「偽りを重ねたこと、申し訳ございませんでした。処罰はどうか、私のみにお願いいたします。父は、何も知らなかったのです」
自分にできることは、もう父を守ることだけだった。
嘘をついたのは自分だけ。どうか、その話を信じてほしいとマリアは切に思っていたが。
「……どこまでも、誰かのために動くのだな」
レオナルドはマリアの肩を手を置き、顔を上げるよう伝えた。
「聖女の力がなくとも、記憶がないと偽っていたとしても、俺があなたに処罰を下すことはない」
穏やかに包み込むような声に、マリアは信じられない気持ちでいっぱいだった。
「どうして……」
「俺は、あなたに聖女の力がなくとも、婚約を申し込んでいたからだ」
そんなことは……。
しかしレオナルドの瞳には真剣な熱がこもっていた。
「十年前、あなたに一目惚れしたときから、ずっと想っていた」
「私に……?」
何もないと思っていた自分に、英雄であるレオナルドが想いを寄せていたなんて。
「聖女の力なんて必要ない。俺はあなたと結婚したい」
「ですが、騎士は聖女と結婚を──」
「関係ない。あなたを愛している。だからあなたと結婚したい」
大聖女を母に持ち、期待されてきた人生。いつしか、誰の期待にも応えることができず、ただ失望され生きてきたというのに。
「俺と結婚してほしい」
ただ一人、自分を必要とし、価値を見出してくれる人がいた。
その事実に、マリアの視界は涙で滲んでいた。
「騎士は聖女と結婚しなければならないのに……」
「そんなものは実力で周囲を納得させる」
「……本当に、私でいいのですか?」
「あなただから──マリアだから、俺は結婚したいんだよ」
そんなことを言われるような人生だとは思いもしなかった。
レオナルドとマリアが口付けをすると、あたり一面が白い光に包まれた。
「これは……」
「……聖女の力?」
マリアは父がいつも語っていた話を思い出す。
「本当だったんだ」
真実の愛など、おとぎ話のように思っていたのに。
温かな光。それらが二人を抱きしめるように包む。
「マリアの聖女の力は、愛が必要だったみたいだな」
「……はいっ」
二人はもう一度、愛を確かめ合うように、唇を重ねた。
END