手違いで婚約破棄された令嬢は、責任を取りたい天使に甘く迫られる
 令嬢にあるまじき「二度寝」宣言は、「さすがのアゼリアも婚約破棄はこたえたのだろう」という家族の謎のあたたかさによって受け入れられた。

 婚約破棄はこたえたのだろうって、それですむ話なのだろうか? あの一件に対する周囲のこの扱いの軽さはなんなのだろう? と思いつつ、アゼリアは食堂を辞して自室に下がる。
 白づくめの自称天使フレミングも、一緒だ。

 部屋に向かう途中で「しばらく誰も近寄らないでください」とメイドに宣言し、アゼリアは自室につくとしっかりとドアを閉める。
 フレミングも、すばやく中へ入り込んでいた。

(あら……? これはもしかして、家族でも婚約者でもない男性と二人きりという、破廉恥な状況ではなくて? 婚約者に浮気を告白された翌日に、自分までまさかの報復浮気のような)

 冷静になって考えてみると、大変なことになっている。
 やっぱり、今からでも場所を変えるなどの対策を取った方が、と思いながらアゼリアは「あの、フレミングさん」と振り返った。
 視線の先では、白づくめの天使が真っ黒な陰影の中で頭を抱えてうずくまっていた。

「……フレミングさん、なんですかその、わかりやすすぎる落ち込みは……」

 関わり合いになりたくないんですけど……と、アゼリアは少し引き気味になる。そして、すぐにその自分の態度を反省した。

(私のこういうところは、いけないですね。相手が落ち込んでいるのですから、まずは優しい言葉をかければ良いのに)

 ジェイクから「意地悪」「冷血漢」と言われたときは反論したい気持ちでいっぱいだったが、ひるがえって自分の言動をみれば決して優しくはないと、はからずも実感することとなった。
 それほど、目の前のフレミングの落ち込みは強烈だった。

「大丈夫ですか?」
「ああ、ごめんなさい。ひどい目にあったのはあなたなのに。私が、勘違いしたばかりに」
「いったい、何をなさったんです?」

 相手は天使と名乗った上に、実際に少し不思議なところがあり、先程から「手違い」「勘違い」など不穏な言葉を連発している。

(寝て起きたら異世界とは言わなくても、天使の関与で何かとんでもないことが起きているというの?)

 警戒しきりのアゼリアに対して、フレミングはすくっと立ち上がった。
 濃い青の瞳を潤ませながら、一歩近づいてくる。

「私はいま天使昇格試験の最後の課題のために、人間の世界に来ています。本来なら、この課題はさほど難しいものではありません。なにしろ『愛する二人を、周囲に祝福されるように結びつけること』だけだからです。なんらかの理由で結婚を思いとどまっている若い恋人同士を見つけて、そっと背中を押せばそれでおしまい。それで得点できるのですから、まさにサービス問題と言って良い内容です」

 やはり、これは不穏な話だった。
 その「祝福」に関して、思い当たることのあるアゼリアであったが、天使と出会った人間としてひとまず言いたいことを口にした。

「天使が手を貸そうが貸すまいが、大差がないようなことを、試験課題にする意味ってありますか?」

 うっ、とフレミングは胸をおさえる。何やらダメージが入ったらしい。
 ああ、これも言い過ぎみたいと思いつつも、勢いがついていたアゼリアはもう一押ししてしまった。

「放っておいても結ばれるような二人を、不思議の力で後押ししたとして、自己満足以外の何が得られるというのです?」

 あの二人が結婚するのに、自分は一役買ったんだよ……! なんて語り草にしても、さして他人の興味をひくとも思えない。
 天使の昇格試験というのなら、もう少し世の役に立つことをしても良いのではないだろうかと、疑問に思ってしまったのだ。
 そのアゼリアに対して、フレミングは「おっしゃる通りでございます、が」と前置きをして滔々と語り始めた。

「これは言い訳ですが、そもそも『善行』は、自己満足の積み重ねの面もあるわけです。動機が純粋か不純かという、当人の内面に焦点を当てて問題にし始め、いちいちその感情に名前をつけるのはあまりよろしくない。『おこぼれに預かろうという下心』『自分が褒められたり感謝されたい承認欲求』『自己肯定感上げるために、相手を利用した』とか、向き合うのが辛い言葉がいっぱい出てきて、なんとなーく『親切にして、自分が卑しい人間になるくらいなら、何もしない方がいいかな』って思い始めるのは人間も天使も同じなんです」

「……言っていることは、わかる気はします。善行をしたときに『良いひとにみられたかったんでしょう?』と誰かにからかわれたり、自分の中で心の声が言ったりすると、急にがっくりくるんですよね。すみません、フレミングさんの仰る通りです。降って湧いた天使の親切を、程度問題にしたり、もっと偉業をなすべきだと、他人が口出しするのは大変おこがましいと思います。反省します」

 アゼリアは、心から非礼を詫びて、頭を下げた。
 途端、フレミングは「いいって! そんな大層な話じゃないから! 顔を上げて!」と焦った声を上げる。
 
「天使は大胆で、図々しいのが取り柄でもあって、いちいち他人の言うことは気にしないし内省もしない。自分が『良い!』と感じることがあったら、躊躇なくガツンと手出しする。それで失敗してもあんまり気にしない、本来ならそういう存在だから!」

 力いっぱい語られて、顔を上げたアゼリアは、目を瞬いた。

「でも、フレミングさんは、落ち込んでいますよね?」
「……ああ……うん……そう……落ち込んで」

 目に見えて、フレミングの表情がくもった。気の毒なほど、顔色が悪い。

「さしつかえなければ、何があったのか教えてください。そのために、我が家にとどまっていたのではないですか?」
「はい。昨日……、庭園で逢引をしている恋人たちを見かけて……。『愛しているのにこの先何年も我慢しなければならないなんて』と言い合っているのを聞いて、『なんか面倒なこと言っているけど、愛があれば良いんじゃないか?』と思って、愛の矢を打っておいたんです。これで試験も終わりだから、天界に帰れるなって思いながら」
「雑……」

 想像以上に、雑な打ち明け話であった。
 言われたフレミングもまた「雑ですよね」と神妙な顔をして認めている。認めれば良いというものでもないが、認めないよりはマシ、なのだろうか。

「一応自分のしたことだし、最後まで結果は見ておくかと思ったら、夜会の場で妙なことになっていて……。あの二人、庭園でいろいろ致していたので、てっきり婚約者同士で、どちらかが留学でもするから結婚まで何年もかかるとか、そういう嘆きだと早合点していたんですが、どうやら違ったみたいで」

「それは、ジェイクとナンシー嬢のことですね?」

 誤解などがないように、アゼリアは言葉に出して確認した。フレミングは、「はい」と頷く。

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