死にたがり令嬢の新しい人生
「…」

目を開けると知らない天井が視界に入った。自分の部屋とは比べ物にならない程綺麗な天井だ。首を少し動かして周囲を見渡すと、実家の大広間より広く質の良さそうなテーブルや椅子、ソファーが配置されており明らかに貴族か、若しくは富裕層の部屋だった。どうやらクラウディアはベッドに横になっているが、このベッドも普段寝ているものよりフカフカで気を抜くとまた寝てしまいそうだ。クラウディアは教会の墓地で気を失って倒れてしまったはずだ。そこから先の記憶は無い。ゆっくり身体を起こすと着ている服もくたびれたワンピースから、上質な絹のような肌触りの寝衣に変わっている。

これは一体どういう状況なのかクラウディアは寝起きでぼんやりとした頭で考える。何故自分は見知らぬ部屋に寝ていたのか、誰が運んだのか。そもそもここは何処なのか。訳が分からない状況に静かに困惑しているとドアをノックする音が響き、失礼しますと誰かが入って来た。入って来たのは自分より年上に見える若い女性で、ベッドの上で身体を起こすクラウディアを目にすると水差しの乗ったワゴンを引いて近寄ってくる。

「良かったです、目が覚めたんですね。あ、無理して起き上がらなくても大丈夫ですよ」

「あ、あの」

突然笑顔で話しかけてくる女性にクラウディアは戸惑う。恐らく彼女はこの部屋の主人に仕える使用人だ。クラウディアは実家の使用人にこんな風に気遣われたことはない。自分の世話をしにくるメイドは嫌々だという態度を隠そうともしないし、時にはサボることもある。実家のメイドの態度がおかしいのだが、クラウディアにはそれが当たり前だった。

「初めまして、リナと申します。この邸で侍女をしている者です」

「…私は…クラウディアと言います」

「クラウディア様と仰るのですね。眠っている間にお医者様に診せたんですけど、極度のストレスと疲労で倒れたとのことです」

ストレス、確かにここ最近身体の調子も悪かったしただでさえ少ない食事すら食べるのがやっとで胃痛もしていた。あの環境に身を置き続けていれば不調を来しても不思議ではない。

「気分が悪かったり、何処か痛いところはありませんか」

フルフルと首を振る。気絶、もとい寝ていたおかげでスッキリしており鉛のように重かった身体も心なしか軽い。

「ここに運ばれて来た時より少し顔色が良くなってますね、安心しました。クラウディア様紙みたいに真っ白い顔をしてたものですから」

リナはホッとしたと表情を綻ばせると「お腹は空いていますか?食べられそうなら胃に優しいものをお作りします」と尋ねてくる。休んだおかげか空腹を感じるようになっていたので「…お願いします」と告げるとすぐ様部屋を出て行った。

「クラウディア様が目を覚まされたと、ランドルフ様にもお伝えしておきます」

最後にこう言い残して。ランドルフとは彼女の主人であり、クラウディアをここまで運んでくれた人の名前だろう。もしかしなくとも、クラウディアの脳裏には墓地で出会った男性の顔が浮かぶ。どうにもクラウディアに厳しい態度だった彼だが、過激なことを口にする面倒事の塊のようなクラウディアをあのまま置き去りにはしなかった。自己申告していたが、「冷酷」ではないようだ。

しかし、クラウディアは頭を抱える。自棄になっていたとはいえかなり失礼な態度を取ってしまった。倒れたクラウディアをここまで運び医者に診せ、食事まで用意してくれる恩人だというのに恩知らずにも顔を合わせるのが気まずい。それに、クラウディアにはここまでされても対価を支払えるか分からない。クラウディアは悶々と悩むことになった。

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