死にたがり令嬢の新しい人生
「恨んでる伯爵家の連中に一泡吹かせるチャンスだぞ。当てつけで死ぬよりも、じわじわと嬲った方が効果的だ」

それは悪魔の囁きに等しかった。見下して搾取する対象だったクラウディアがランドルフと婚約する。妹も確かランドルフに熱を上げていた。妹と義母のプライドはズタズタだし、父もクラウディアが自分が手を出せないところに行ったと知れば地団駄を踏んで悔しがるだろう。自尊心の塊のような人間達だから、当てつけで死んでも全く気にも留めないが自分よりクラウディアが優位な立場になれば…クラウディアは歪んだ笑みを顔に貼り付けた。そんなクラウディアを見てランドルフは嬉しそうに笑う。

「何だ、そんな顔も出来るんだな。今まで全く生気が感じられなかったが、楽しそうな顔を始めて見たぞ」

「…そんなに死にそうな顔をしてましたか」

「ああ、こんな提案をしたのもお前…クラウディアを放って置けなかったからだ。短い時間言葉を交わした人間が変わり果てた姿で発見された、と新聞の記事や噂で知るのはごめんだからな」

クラウディアの顔から表情が抜けた。ランドルフはクラウディアが諦めていないことに気づいていた。母に対する申し訳なさはあるものの、クラウディアにはこの世に対する未練があまりない。今は大丈夫だが、いつまたナイフを手にするかクラウディアにも分からない。心の奥底に押し込めていたものが枷を外して表面に出てきてしまったのだ。ランドルフはクラウディアをこの世に繋ぎ止める役割りを担いたい、と思っているのか。今の段階では分からない。

「クラウディアと会ったのもあいつの導きかもしれないな」

「例の幼馴染の方ですか」

「ああ、俺は出来の良い兄に対する劣等感を拗らせて子供の頃は手が付けられない問題児だった。そんな俺を見捨てなかったのが幼馴染とその妹だ」

件の幼馴染の両親とランドルフの両親は知り合いで、その縁で実家に居づらさを感じていたランドルフと度々遊んでいたらしい。身体が弱い幼馴染と外で遊ぶことは出来なかったが、室内で出来る遊びをして過ごしていた。その幼馴染も数年前に亡くなり、現在は妹が家督を継ぐべく勉強しているようだ。クラウディアはランドルフが自分を見捨てないのは、亡くなった幼馴染の最後の姿を知っているから、と勝手に考えていた。儚くなりそうな人間を放って置けないのだろう。それで自分を納得させる。

「あいつも妹も、俺は一生独り身なのではと心配していたからな。婚約したと知れば泣いて喜ぶ」

「婚約といっても、利害が一致しただけの関係ですよ」

「…まあ、今はそれで良い」

意味深な呟きが耳に届くが、ランドルフが徐にクラウディアの手を取った。

「クラウディア・ヘルベルト嬢。俺と婚約していただけませんか…大事にすると誓います」

「…胸がときめくシチュエーションのはずなのに、嘘臭さが拭えませんね」

「こっちが慣れないなりに努力してるのに、酷い言い草だな。良い性格してる、本当」

クラウディアが本心を思わず溢すとランドルフは不愉快な顔をすることはなく、これから退屈しなさそうだと寧ろ楽しげである。

どうせ捨てるつもりだった命、流れに身を任せ伯爵家の人間に復讐をするのも良いだろう。母も娘が命を粗末にするより、その方が良いと賛同してくれるはずだ。それに、少なくともランドルフは不誠実の塊だった元婚約者と違いクラウディアには誠実に接してくれるだろう、という確かな予感がしていた。だから恐る恐る、クラウディアは口を開く。

「…ご覧の通り面倒臭い人間ですが、それでも構わないと言うのでしたらよろしくお願いします、ランドルフ様。婚約者として最低限の役割を果たせるよう努力いたしますので」

こうして愛情の欠片もないプロポーズは成立した。ランドルフはすぐさま、クラウディアへの虐待をネタに父を脅し婚約を強引に認めさせ、クラウディアは実家での暮らしが嘘のような快適な生活を送ることになる。

その後、ランドルフが公の場で「幼馴染の墓参りに行ったらこの世に絶望しきったクラウディアと出会い、放って置けず邸に連れ帰った」と大袈裟にクラウディアとの出会いを喧伝し、それがきっかけでヘルベルト伯爵家に疑いの目が向けられた。長女の婚約者と次女が結婚していたことも相俟って長女を虐待していたのでは?と噂が立ち、蜘蛛の巣を引くように周囲から人が居なくなった伯爵家の人間が一悶着起こすことになるのだが、クラウディアが知るのはまだまだ先だ。

クラウディアとランドルフがただの利害関係で終わるのか、それとも別の感情がが芽生えるのかもまだ不透明だ。
< 5 / 5 >

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:0

この作品の感想を3つまで選択できます。

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品をシェア

pagetop