底辺令嬢はエリート魔法師に甘やかされる

幸せな結末

「シャル、ごめん……」

 シャルロットが目を覚ますと、やはりそこはラメルの寝室で。ラメル用の広いベッドの上に、シャルロットだけが横になっていた。
 ラメルはいつかのように、ベッドサイドでハラハラと涙を流してシャルロットに懺悔(ざんげ)している。

(ラメルがこんな姿を見せるのは、きっと私だけね)

 シャルロットはそう考えたらラメルが流す涙すら愛おしく感じられ、笑みが溢れた。

「ラメル。……ただいま」

 シャルロットの言葉に反応したラメルは、さらに顔を歪ませ、その美しい瞳から滝のような涙を生み出した。

「シャル……シャルロット……! もうあなたに会えないかと……!」

 シャルロットはベッドから身体を起こし、泣き続けるラメルを抱きしめた。

「大好きよ。幼い頃からずっと」
「シャル……! 記憶が戻って……?」

 ラメルは驚きの表情でシャルロットの瞳を覗き見た。

「ええ。大切な思い出だったのに、忘れていてごめんなさい」

 シャルロットが謝ると、ラメルは首を横に振って嘆いた。
 
「あの頃の俺は幼くて力も弱かったから、シャルを救えなかった。あなたが俺のことを忘れたのはその罰だと思って、それから頑張ったんだ」

 シャルロットを救いたい、その一心で勉強に励んでいたら、いつの間にか“至宝の魔法師”とまで呼ばれるようになっていたとラメルは語った。

「だけど、シャルは俺のことを覚えていない。どうやって近づこうかと考えていたときに、あんなことが……」

 ラメルによると、幼い頃に進められそうになっていたサンドラとの縁談は、もちろん白紙に戻してもらったという話だった。そもそも断ろうとして訪問した日にシャルロットと出会ってしまったので、シャルロットとの縁談にすり替えようとしていたのだと――。

 けれど、肝心のシャルロットが酷い目に遭って記憶を失くしてしまったので、強引に進めず時期を見ていたのだという。

「ああ、そうだ。シャルの命を奪おうとしていたサンドラ(あの女)は、魔法師会から永久追放されたよ。禁じられた魔法を使ったのだから当然だけど。ティアーズ公爵家からも縁を切られたようだ」
「え。待って、あれから何日たってるの?」
「あの日から、もうすぐ三ヵ月だね」
「そんなに……⁉︎」
 
 シャルロットは三ヵ月も眠ったままでいたことと、そんな短期間ですべてのケリがついてしまっていたことに驚いた。

 しかし、実際にはラメルの目の前で行われた犯罪だったため、愛しいシャルロットに手を出されて怒りが頂点に達したラメルが静かに大暴れした。その結果、すべての決定が下されたのは一ヵ月にも満たない期間であった。ラメルの功績で証拠が十分に揃っていたことが判断を速くすることに大きく寄与(きよ)したのである。
 
 ティアーズ公爵家はサンドラの独断として縁を切ることでかろうじて立場を守ったが、それも砂上(さじょう)楼閣(ろうかく)であろうとラメルは考えていた。

(やっと、万全の環境でシャルロットを迎えることができる)

 ラメルはその場に(ひざまず)き、シャルロットの手を取った。

「これからは俺と共に生きてほしい。シャルロット・ティアーズ公爵令嬢。結婚してください」

 シャルロットは瞳を涙でいっぱいにしながら微笑んだ。
 
「私も、これからはラメルのそばで生きていきたい。よろしくお願いします」

 二人は抱き合い、そしてお互いの想いを伝えあうように唇を重ねた。


 シャルロットは『死の悪夢』の魔法を破るときにすべての魔力孔が完全に開いたようで、ラメルが保有する魔力を(しの)ぐほどの魔力を使えるようになっていた。

 しかも、ラメルの献身的な指導のもと魔力の扱いを学んでいると、実はシャルロットの適性は氷ではなく、火属性であることがわかった。
 シャルロットの事例は魔法師会に衝撃を与え、のちにとても強い火属性の魔力を持ち合わせていると、(まれ)に瞳の色は赤ではなく青色を示すことが証明された。これにより、シャルロットの生母の名誉は守られることとなった。

 ロッシュによって姉の無念と姪の不遇が公表され、ティアーズ公爵家はますます立場を失うこととなった。
 シャルロットの大きな力を欲したティアーズ公爵家に「戻ってくるように」と命じられたシャルロットだったが、もちろん彼女がその命令に従うことはなかった。


 そして迎えたこの日。
 ロッシュは万感の思いでシャルロットへと語りかけた。

「シャルロット。姉上は心から君を愛していた。だから、自分の寿命をも顧みず、シャルロットに大きな愛の魔法を残した」

 シャルロットの母親は不貞を疑われて追い出され、娘と離れ離れにされたあと、大きな病を(わずら)った。自分の寿命を悟った母親は、自らの命をなげうち、これからティアーズ公爵家で生き抜かなくてはならないシャルロットへ魔法をかけたのだ。

「君へ危害を加えようとする人間は、身体が拒否するような防御魔法をかけたんだ」

 真っ白な手袋を両腕につけたシャルロットは、ロッシュから母親の話を聞きながら静かに涙していた。純白のドレスにシミをつくる前に、その涙は隣に寄り添う人物が持つ白いハンカチで優しく拭われていく。

 シャルロットは“人に触れられるのが苦手”なのではなかった。ただ“悪意を持つ人に触れられる”ことから守られているだけだったのだ。

「シャルロットを心から愛し、守れる人間が現れるまで魔力孔が開かなくする魔法をかけたのも姉上なんだ」

 シャルロットの母親は、娘が大きな魔力を持っているため、ティアーズ公爵家に都合よく利用されることを危惧(きぐ)した。自分も寿命が近いために見守ることができないし、信頼できる人物を選別し、シャルロットの側に送る時間もなかった。

「すべては愛する娘、シャルロットを守るために。君は母親からの大きな愛を、その身にずっと宿していたんだよ」
 
 しかし今、シャルロットの魔力孔は完全に開かれている。母親の愛が果たしていた役割は、別の人物へと託されたのだ。

「だから、シャルロットを幸せにしないと姉上と俺が黙っていないからな」

 ロッシュはラメルに向かって鋭い視線を投げかけた。それを受け、シャルロットの隣に寄り添っていたラメルは、勝ち誇った表情をして宣言した。

「俺よりシャルを幸せにできる人間などいません。俺は何があっても、たとえどんな姿でも、シャルがシャルでさえある限り、愛し続けます」

 純白のウエディングドレス姿に身を包んだシャルロットは、これから、ラメルの妻となる。


「どんなあなたでも愛してる」

 ロッシュは目の前で繰り広げられるやり取りに苦笑した。
 シャルロットだけに甘いラメルは、こうして周囲を呆れさせつつも、その姿勢を頑として守り続けることだろう――。
 
 幸せな結婚式を挙げ、クロテッド侯爵夫妻となったシャルロットとラメル。そのそばには、垂れ耳で灰色の毛並みをした“グレイ”と呼ばれる猫がいつも寄り添っていたという。
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