底辺令嬢はエリート魔法師に甘やかされる

一日目のデート

「おはよう、シャル」



 眠りから覚め、目を開いたら視界の端から端まで美形で埋め尽くされていてシャルロットは驚いた。



(あ……。そうだった。私はラメルに拾われたんだった)



 ラメルに救われた翌日、シャルロットはクロテッド侯爵家のラメルの寝室で目を覚ました。

 シャルロットがむくりと身体を起こし、自分が寝ていた場所を確認すると、そこは大きなベッドの上だった。でも、ラメルが寝ていた形跡はない。



(え? 猫の私一匹のためにこの大きなベッドを譲ったの……⁉︎)



 信じられない所業に目を見開き、再び眼前にそびえる美形ラメルの顔に視点を戻すと、先ほどより少しだけシャルロットのほうへと身を乗り出していて、はだけた胸元があらわになっていた。



(ひゃあ! 胸がはだけて……)



 しかも、窓にかかった分厚いカーテンの隙間から光が少しだけ漏れていて、ラメルは舞台でスポットライトを浴びる主役のように輝いている。

 

「触れても、いい……?」



 キラキラ輝きながら、艶かしい雰囲気をも醸し出すという合わせ技を繰り出す超絶美形が、ただの黒猫であるシャルロットに切ない表情で触れる許可を求めている――。



(ふふふ、何を言い出すのかと思ったら……!)



 シャルロットはおかしくなった。



(この人はとてもすごい人だけれど、すごい人特有の傲慢さとか、身勝手さとか……そういうの、ないのね)

 

 驚きすぎて忘れていたが、シャルロットはそういえば人に触れるのが苦手だったことを思い出した。



(きっと、この人なら大丈夫だわ)



 なぜだかシャルロットにはそう感じられて、ラメルに向かって返事をした。



「にゃーん」

(いいよ)



「ありがとう」



 鳴き声だけでなぜ意志が伝わるのか不思議だったが、ラメルはシャルロットの行動をよく見て、つぶさに確認している。どうやらシャルロットの反応や態度から判断しているようだった。

 ラメルは恐る恐る手を近づけ、触れても平気か細心の注意を払って確認しているようだった。シャルロット自身も不思議だったけれど……。



(やっぱり、大丈夫みたい)



 遠慮がちに私の頭に触れた温かな手は、ゆっくりと丁寧に毛並みを確かめるようだった。



(気持ちいい)



 本来ならば他人に触れられるのは苦手なはずなのに、理由はわからないがラメルに触れられるのは全然嫌ではなかった。

 撫でられながらラメルの顔を見てみると、私を撫でるラメルの表情は蕩けきっていた。彼は本当に猫がお好きなようだ。



「シャルに贈り物をしたいんだ」



 ラメルは愛おしげに目を細め、唐突にそう言った。



(贈り物……?)

 

 首を傾げる私により一層目を細め、彼はそばに控えていた執事に外出の準備を整えるよう指示を出した。

 

「シャルも一緒に来てくれる? デートしよう」




◆◆◆




 馬車に乗せられ、連れて行かれたのは、大きな雑貨店だった。



(ここ、すごく気になってたお店だ……。嬉しい……)



 シャルロットは底辺魔法師でティアーズ公爵家のお荷物的な存在だったので、もちろん外出する自由など許されていなかった。入店する前から目を輝かせ、しっぽをゆらゆら揺らすシャルロットを、ラメルも嬉しそうに眺めていた。



「自由に見ていいよ。許可はとってあるから」



 ラメルが促すと、シャルロットは瞳を輝かせて走り出した。

 お店の中にはデザインがユニークなアクセサリーや、手の込んだ刺繍の素晴らしい小物たちがひしめき合っていて、どこを見てもわくわくして興味をそそられた。シャルロットが嬉々としてあちこち徘徊して物色していると、その様子を楽しそうに眺めていたラメルがシャルロットに声をかけた。



「シャル、この中から好きなものを選んでくれるかな。シャルに贈りたいんだ」



 シャルロットがラメルの指差すほうを見ると、色とりどりのリボンが並べられていた。



「かわいい……!」



 赤、ピンク、オレンジ、黄、緑、青、紺、紫……どれも上質な布を染めたもので、とても肌触りがよく、キラキラしていた。シャルロットは幸せそうに微笑みながら一つ一つ色を確かめていたのだが、青色のリボンに目が留まると、不意に過去の記憶が呼び起こされて表情が曇った。



 



『これ、どうしたんです?』



 そう言ったサンドラは、シャルロットのハーフアップに結んだ髪を飾っていた青色のリボンを引っ張った。リボンはいとも簡単にほどけ、サンドラの手に渡った。



『それは……』

『ティアーズ公爵家を馬鹿にしてるのですか⁉︎』

 

 シャルロットの説明を待たずに、サンドラはため息をついて手にしたリボンを自身の侍女に渡した。



『捨てておいて』

『待って! 大事なものなの……!』

『お姉様。わからないようなのではっきり言いますが、当家において青色は不・吉・な・色・なんです』

『……!』

『ご理解いただけました?』



 サンドラは不敵な笑みを浮かべてシャルロットを睨みつけた。



『身の振り方には十分お気をつけくださいませ』




 シャルロットにとって、あのリボンはとても大切なものだった。



(どうしてか、理由はよく思い出せないのだけれど……)



 けれど、結局取り返すことは叶わなかった。

 そのとき何かが起こったような気がするのだが、昔のことだからか記憶がひどく曖昧あいまいだった。

 



(かわいいけど……)



 シャルロットは過去を思い出し、わくわくした気持ちが萎んでしまった。

 

「青色? んー、それもいいけど……」



 シャルロットが消極的な気持ちになっていると、それを知ってか知らずか、ラメルが一つのリボンを手に取ってシャルロットに宛がった。



「うん。やっぱりこれだな」



 黒地に金色の宝石が散りばめられたリボンをシャルロットの首に結んだ。



「シャル、かわいい」



 ラメルかそうつぶやいてあまりにも幸せそうに笑うので、シャルロットも幸せな気持ちになった。



(ちょっと私には豪華すぎる気がするけど)



 鏡越しに首元で輝く無数の宝石が見える。それは夜空に瞬またたく星を彷彿ほうふつとさせるものだった。シャルロットはこんな豪華なものを所有したことがなかったので価値もよくわからなかったが、ラメルが選んでくれるなら喜んでつけようと思えた。

  

「シャル。俺はあなたを縛りつけたくない」



 鏡の前で自分の姿を確認するシャルロットをにこにこと眺めていたラメルは、シャルロットのそばへとそっと近づいて話し始めた。幸せそうな笑顔は、いつの間にか真剣な表情に変わっていた。



「嫌になったらいつでも出ていってくれていい。シャルは自由だ。けど、危ない目に遭うと俺が辛いから、これをシャルにつけていてほしいんだ」



 俺のわがままでごめん、と目を伏せながらシャルロットの頭を撫で、首に巻かれたリボンに触れた。



「これは、シャルが自分の意志で取らないと取れないようになっている。今、俺がそうした」



 シャルロットは驚いて首のリボンに触れた。今の一瞬で高度な魔法をかけたらしい。さすが“至宝の魔法師”である。底辺魔法師のシャルロットには何が起こったのかまったくわからなかったけれど――。



「にゃあん!」

(わかった!)



 了承のひと鳴きをすると、ラメルはほっとした顔で笑ってくれた。そして、また「シャルは本当に可愛いなぁ」とシャルロットに構い倒した。

 それは今朝、恐る恐るシャルロットに触れていたのが嘘のような豹変っぷりだった。それからのラメルはシャルロットをぎゅっと抱きしめてひとときも離さず、頭を撫でまくり、顎下をゴロゴロしまくった。

 一日が終わる頃には、ラメルに抱きしめられる腕の温かさや、頭や顎に触れ、撫でられる大きな手の優しさにもすっかり慣れてしまったシャルロットだった。
< 4 / 11 >

この作品をシェア

pagetop