底辺令嬢はエリート魔法師に甘やかされる

人間の姿で

「ああ。こんなことになるなんて……! どうしようどうしようどうしよう……!」

 シャルロットは焦りまくっていた。なぜか今日、今まで()()()姿()()()一切面識のなかったラメル・クロテッドと会うことになったからだ。

 前日、なぜかラメルからシャルロットのもとへと“レター”が届き、有無を言わさず会う約束を取り付けられたのだ。

(なんで……⁉︎ もしかして、私が“猫化”してクロテッド侯爵家にスパイとして乗り込んだとかで、断罪されるとか⁉︎)

「そうかも……! どうしよう……! ここは忘却の魔法を使って……」
「忘却の魔法か。精神系の魔法は、国家魔法師になったとしても、許可が出ないと使えないね」

 猫の姿では聞き馴染んだ声が、シャルロットのすぐ後ろから聞こえてきた。

(ラメル……!)

 この姿で会うのは初めてだ。いつもは猫の姿で彼の腕の中に抱かれているのが普通だったので、距離感の違いに少し違和感があった。

(猫として可愛いがられていたのは六日前のことだものね)

 ラメルとの距離が遠いことを“寂しい”と感じるなんて、シャルロットは猫化していたときの後遺症に違いないと思った。

「急に時間を作ってもらってすみません。“レター”で知らせた通り、少し時間をいただきたい」
「はい。重要なお話があるとか……」
「ええ。非常に重要な話があります」

 真剣な表情で言うラメルを目の前に、シャルロットは笑顔を貼り付けたまま固まった。

(やっぱり記憶操作の魔法を……)

「それでは、行きましょうか。エスコートいたします」

 ラメルはシャルロットをエスコートするために腕を差し出した。その腕に自然と身を任せようとしたシャルロットは、直前でハッと思いとどまった。

「あ……。あの、すみません。私は人と触れ合うのが少々苦手でして。エスコートは結構ですので……。ご丁寧にありがとうございます」

 シャルロットは他人に触れようとすると、途端に身体が震えてしまうのだ。この震えは自分の意志では止めようもない。だからこそ、シャルロットは社交に向かないとティアーズ公爵家の後継者として認めてもらえなかったという事情がある。もちろん、その判断には魔法が使えなかったり、不貞の末に生まれた存在だからという理由も大きく関わってはいたが――。
 シャルロットは愛想笑いでその場を誤魔化そうとしたが、ラメルは当然のように言い放った。

「大丈夫。俺を誰だと思ってる。そんなの魔法を使えば万事解決だ。……ほら、いいから俺の腕をとって?」

 そう言ってラメルはシャルロットに腕を差し出し、笑った。そこには冷徹な要素は一つも存在しなくて――。シャルロットの青い瞳には、見上げたラメルの黒髪と藍色の瞳が一層鮮やかに見えた。

(「クール」だなんてね。見た目はそうかもしれないけれど、この方はやっぱりとても心が温かい人よ)

「ありがとうございます」

 ラメルが言うなら大丈夫だと信じられた。シャルロットは迷わずラメルの腕をとり、自分の身をラメルに任せることにした。
 シャルロットはつい最近魔法を扱えるようになったからこそ知っていることがある。それは“魔力の出力調整はとても難しい”ということ。ラメルの腕をとった瞬間に、ラメルの全身を防御の魔法が覆っているのがわかったが、それは無駄なく、薄く、均一だった。

(ラメルのような人を“天才”と言うのだわ。努力をしていることはもちろん知っているけどね)

 ラメルの心地よいエスコートでたどり着いたのは、私がずっとずっと夢見ていた場所だった。

(わぁぁ! 夢だったお店……!)

 シャルロットは過去一番瞳を輝かせた自信があった。そこは、デルフィア王国で不動の人気を誇る有名なパティスリーだった。ラメルはシャルロットの反応を微笑ましく眺め、店内へと(いざな)った。

 席について、メニューを目にしたシャルロットは、らんらんと見開いて熟読した。

「なんでも、いくつでも頼んでいいですよ」

 シャルロットは(かじ)りついていたメニューから顔を上げてラメルを見た。

「え?」
「今日、急な呼び出しに応じていただいた対価です」

 シャルロットは迷った。

(魅力的なメニューの数々と、初対面の男性にごちそうになる罪悪感……)

 しかし、迷ったのは一瞬だった。

「では、遠慮なく」

 シャルロットは知っている。ラメルは温かい人だ。きっとシャルロットが遠慮して固辞(こじ)しても“対価”とやらを押しつけようとするはず。それなら、余計な押し問答を回避し、遠慮なく素敵すぎる対価を受け取るのみだ。

 好きなケーキと飲み物を選ぶと、ラメルはふっと柔らかく微笑んだ。「正解だ」と言われているようで、なんだかくすぐったくなったのがシャルロットは不思議だった。

 注文を終えると、ラメルは深呼吸するようにゆっくりと息を吐き、話し始めた。
 
「実は俺には、とても可愛がっていた猫がいたんです」

 シャルロットはその第一声でドキリとした。もちろん、ラメルが指す猫とは“猫化”していたときの自分のことではないかと思ったからだ。
 
「俺は彼女をとても愛している」

 自分のことを『愛している』と言われたように聞こえて、シャルロットの頬は熱を帯びた。

(違う、違う……。私のことじゃないから……)

 自分で否定しつつも、シャルロットの意志に反して頬の熱は引いてくれず、両手で頬を覆うしかなかった。
 
「何が言いたいかというと……」

 慌てふためくシャルロットの様子を真摯な瞳でつぶさに見つめていたラメルは、そこで言葉を切って、(おもむろ)にシャルロットの手を自分の手で覆った。

()()()、俺はあなたを愛しています」
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