底辺令嬢はエリート魔法師に甘やかされる
答え合わせ
「あなたがどんな姿でも、この想いは変わりません」
(まさか……)
まさかとは思ったが、ラメルの言葉から推測すると、彼はシャルロットが“猫化”していたことを知っていたことになる。
「どうして……」
知っていたのなら、どうしてすぐに魔法を解いてくれなかったのだろうか。
(きっと彼のことだから、理由があるに違いないわ)
シャルロットは、混乱しながらも真っ直ぐとラメルの瞳を見つめた。ラメルは申し訳なさそうに眉を下げて、シャルロットの信頼に応えるように話し始めた。
「実は、シャルが俺の前に現れたとき、存在にまったく気づかなかったんです」
「え……? 私の魔力が少なすぎたから?」
「いいえ。たとえ微量の魔力しか身体を巡っていなくても、巡ってさえいれば俺には感知できます」
魔力は魔力孔から発せられ、血液のように全身を巡る。その量が微量でも感知できる彼の能力をもってしても一切感知できなかったとしたら――。
「私の魔力孔が、閉じていた?」
ラメルは切なそうに目を細め、頷いた。
「その通りです。猫化していたのですぐには判断がつきませんでしたが。あの女が連れて来ていたので、もしかしたら……と思っていました」
「すごい洞察力だわ」
私は素直に感心した。私の存在に気づいていたとしたら、サンドラの猫を脱いだ本来の性格を見抜いていたことになる。
(まあ、ティアーズ公爵家に毛色の異なる姉がいるという話は有名だから。私のことはそういう噂で知っていたのでしょうね)
シャルロットが内心自嘲していると、ラメルは“心外だ”とでも言いたそうな表情で言い募った。
「違う。こう言うと引かれてしまわないか心配ですが、この際気にしません。俺はあなたの魔力だけは絶対に感知できるんです」
「私の魔力だけは……?」
シャルロットには、ラメルが何を言おうとしているのかまったくわからず、相槌をうって首を傾げることしかできなかった。
「昔から、あなたの姿を追っていましたから。あなたの魔力だけは感覚で覚えているので、間違わない自信があります」
「昔から?」
「ええ。あなたに一目ぼれしてから、ずっとです」
「え……?」
シャルロットは不思議だった。ラメルはまるで、昔自分たちは会ったことがあるかのような言い方をしている。けれど、シャルロットの記憶の中では、今日がラメルとの初対面にあたる。
(ラメルと話したのは今日が初めてよね? 人違い……?)
こんなに真摯に話してくれているのに、人違いなんてことがありえるだろうか? 魔力をあれほど繊細に扱える人が、魔力の感知においてミスなどするだろうか?
「あなたは記憶を失っているのです」
「私が忘れているだけ……?」
ラメルがシャルロットの知らない記憶を持っていることが怖くもあったが、同時に興味もあった。二人はどんなふうに出会って、一体どんな関係を築いていたのだろうか。
「うん。俺は昔からシャルのことが大好きで、だからあなたの魔力は覚えていた。だが、あの日は気づけなかった」
「私も気づかないうちに魔力孔が閉じてしまっていたからね」
「あんな仕打ちを受ける前にもっと早く気づけていれば……」
ラメルは悔しそうに言ったが、シャルロットはそこでハッとした。今、ラメルに話題に出されるまで、あんなにシャルロットの世界を支配していたはずの妹のことを、ここ数日まったく考えていなかったことに思い至ったのだ。
(ラメルに愛されるのに忙しくて、忘れていたわ)
シャルロットは内心つぶやいたセリフにも笑ってしまった。いつしか、シャルロットはラメルの愛を自然に受け入れていたから。あの愛は猫のシャルに向けられたものだと思っていたが――。
「大怪我をしたあなたを治癒しても魔力はまったく感じられなかったけど、目を覚ましたあなたの瞳を見て、わかったんだ」
やはり。最初から猫のシャルがシャルロットだとわかって接してくれていたのだ。あのひたむきな愛はすべて、シャルロットに向けられたものだった。
すべてが腑に落ちて、シャルロットは観念した。シャルロットも、ラメルのそばが一番心地よかった。この先も一緒にいたいと思えたのは、ラメルだけ。
(きっとこれが最初で最後)
「ラメル、ありがとう」
シャルロットは花が咲くような笑みを浮かべた。その笑顔を、目を見開いて記憶に焼き付ける勢いで凝視していたラメルだったが、感情が昂り、ついに涙腺が崩壊してしまった。
驚いたシャルロットから差し出されたハンカチを受け取り、そこに顔を突っ伏したラメルだったが――。
その一瞬を、一生後悔することになるなど、このときには思いもしなかった。
(まさか……)
まさかとは思ったが、ラメルの言葉から推測すると、彼はシャルロットが“猫化”していたことを知っていたことになる。
「どうして……」
知っていたのなら、どうしてすぐに魔法を解いてくれなかったのだろうか。
(きっと彼のことだから、理由があるに違いないわ)
シャルロットは、混乱しながらも真っ直ぐとラメルの瞳を見つめた。ラメルは申し訳なさそうに眉を下げて、シャルロットの信頼に応えるように話し始めた。
「実は、シャルが俺の前に現れたとき、存在にまったく気づかなかったんです」
「え……? 私の魔力が少なすぎたから?」
「いいえ。たとえ微量の魔力しか身体を巡っていなくても、巡ってさえいれば俺には感知できます」
魔力は魔力孔から発せられ、血液のように全身を巡る。その量が微量でも感知できる彼の能力をもってしても一切感知できなかったとしたら――。
「私の魔力孔が、閉じていた?」
ラメルは切なそうに目を細め、頷いた。
「その通りです。猫化していたのですぐには判断がつきませんでしたが。あの女が連れて来ていたので、もしかしたら……と思っていました」
「すごい洞察力だわ」
私は素直に感心した。私の存在に気づいていたとしたら、サンドラの猫を脱いだ本来の性格を見抜いていたことになる。
(まあ、ティアーズ公爵家に毛色の異なる姉がいるという話は有名だから。私のことはそういう噂で知っていたのでしょうね)
シャルロットが内心自嘲していると、ラメルは“心外だ”とでも言いたそうな表情で言い募った。
「違う。こう言うと引かれてしまわないか心配ですが、この際気にしません。俺はあなたの魔力だけは絶対に感知できるんです」
「私の魔力だけは……?」
シャルロットには、ラメルが何を言おうとしているのかまったくわからず、相槌をうって首を傾げることしかできなかった。
「昔から、あなたの姿を追っていましたから。あなたの魔力だけは感覚で覚えているので、間違わない自信があります」
「昔から?」
「ええ。あなたに一目ぼれしてから、ずっとです」
「え……?」
シャルロットは不思議だった。ラメルはまるで、昔自分たちは会ったことがあるかのような言い方をしている。けれど、シャルロットの記憶の中では、今日がラメルとの初対面にあたる。
(ラメルと話したのは今日が初めてよね? 人違い……?)
こんなに真摯に話してくれているのに、人違いなんてことがありえるだろうか? 魔力をあれほど繊細に扱える人が、魔力の感知においてミスなどするだろうか?
「あなたは記憶を失っているのです」
「私が忘れているだけ……?」
ラメルがシャルロットの知らない記憶を持っていることが怖くもあったが、同時に興味もあった。二人はどんなふうに出会って、一体どんな関係を築いていたのだろうか。
「うん。俺は昔からシャルのことが大好きで、だからあなたの魔力は覚えていた。だが、あの日は気づけなかった」
「私も気づかないうちに魔力孔が閉じてしまっていたからね」
「あんな仕打ちを受ける前にもっと早く気づけていれば……」
ラメルは悔しそうに言ったが、シャルロットはそこでハッとした。今、ラメルに話題に出されるまで、あんなにシャルロットの世界を支配していたはずの妹のことを、ここ数日まったく考えていなかったことに思い至ったのだ。
(ラメルに愛されるのに忙しくて、忘れていたわ)
シャルロットは内心つぶやいたセリフにも笑ってしまった。いつしか、シャルロットはラメルの愛を自然に受け入れていたから。あの愛は猫のシャルに向けられたものだと思っていたが――。
「大怪我をしたあなたを治癒しても魔力はまったく感じられなかったけど、目を覚ましたあなたの瞳を見て、わかったんだ」
やはり。最初から猫のシャルがシャルロットだとわかって接してくれていたのだ。あのひたむきな愛はすべて、シャルロットに向けられたものだった。
すべてが腑に落ちて、シャルロットは観念した。シャルロットも、ラメルのそばが一番心地よかった。この先も一緒にいたいと思えたのは、ラメルだけ。
(きっとこれが最初で最後)
「ラメル、ありがとう」
シャルロットは花が咲くような笑みを浮かべた。その笑顔を、目を見開いて記憶に焼き付ける勢いで凝視していたラメルだったが、感情が昂り、ついに涙腺が崩壊してしまった。
驚いたシャルロットから差し出されたハンカチを受け取り、そこに顔を突っ伏したラメルだったが――。
その一瞬を、一生後悔することになるなど、このときには思いもしなかった。