人生詩集・番外編

アルテミス・弥生の木の下で・1

桜の木をなんと見る?
ぴーんと冷たく張りつめた弥生の空気の中で、
枝じゅうそこかしこに芽をふくらませているやつをさ。
あいつは欲情しているんだ。
いまだ寒空のもと人間たちは襟を立てて、
小さく縮こまっているというのに、なんて太いやつだ。
やがて咲く絢爛豪華な桜花と云ってはお高くとまりやがって、
芽吹く寸前のおまえの姿は、欲情に乳首を張らせた人間の女のようだ。
スーツとタイトスカートで身を包み、わたしは貞淑な女でございとばかり、
ハイヒールのスタッカートを道に鳴らして行く、世の法度に面従腹背な、そんな女。
老いぼれた冬の、弥生の冷たい空気に合わせて、
花一つ、葉一枚さえつけていない、
今は、今だけは、一見つつましやかな桜の木…

嘘、嘘。
やがて春の嵐が吹きすさべばたちまちのうちに、
内から噴出するマグマのように、生命の火、情欲の本流を、おまえはほとばしらせることだろうよ。
もはや隠しようもなく、淫らなピンクの花々を、枝中いっぱいに咲かせることだろう。
咲き誇ったその木の下からは亡者たちの呻き声が、また嘆声が伝わって来ようとも、
そんなものは歯牙にもかけず、吹く春風に狩猟のラッパを鳴り響かせては、
花の寓意たる女神、アルテミスよ、おまえは本性をあらわすのだ…

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