ブレイクアウト!
#1
通学ラッシュのAM8:00。
日本藝術舞踊学園の校門の前に珍しく多くの人だかりができたのは、おかしな女子生徒がひとりで騒いでいるからだった。
「やあやあやあ、遠からんものは音にぞ聞け、近くば寄って目にも見よ!
うちはアム!この高校でいちばんダンスが上手くて首筋にホクロがある男子を探している!
心当たりがあるものはおらんかー⁉」
アムは小柄で赤毛のボブヘアー。ほっぺはリンゴのように赤く、まん丸い黒目がちな瞳が印象的な女子だった。
真新しいブレザーの制服にひざ丈のチェックのプリーツスカートは少し丈が長めで、季節外れの転校生のようにも見える。
「おぬしは? おぬしはどうじゃ?」
「わ、わかりません。」
関わり合いにならないよう、足早に自分の横を通り過ぎようとする生徒たちをわざわざ捕まえて、アムは飽きることなく同じ質問を繰り返している。愛嬌がある小動物のような女子だから許せるが、これが男子生徒ならすぐに通報されているだろう。
運悪く彼女に足止めされた生徒のひとりはダルそうに首を傾げたが「おぬしはダンスが上手い人間を知っているか?」という質問には、紫色のヘッドホンをずらしてニヤリと笑った。
「この学園に在籍してる奴らはみんなダンスはレべチだよ。
あえていちばんダンスが上手いといえば3ワールドくらいかな。」
「3ワールド?」
「ダンスで世界大会に出たことのある3人をそう呼んでるんだ。
ブレイクダンスのジン、ストリートダンスのユーリ、そしてロックダンスのケント。
あ、ちなみにケントは俺のことだけどね。」
「おぬしがケントでスリスリワールドじゃと⁉ 」
アムは遠慮なくケントの鼻先スレスレまで迫ると、クンクンと鼻を鳴らした。
「ちょ、何コイツ・・・犬じゃあるまいし。」
ケントは想定外のアムの行動に怯えた様子でたじろいだ。
「ふむ。面影はまるっきり無いが、可能性は無きにしも非ず。
首筋を見せよ!」
「強引だねぇ。それならさぁ・・・。」
ケントは端正なルックスに含みのある陰を残して、ペロッと舌を出した。
「俺にダンスバトルで勝てたらね。」
「ダンスバトル?」
「まさか、この高校に人探しだけで来たわけじゃないでしょ?」
ケントは軽いフットワークのステップから金の髪を揺らして大きく肩を動かすと、肘を固定しながら耳の横で手をグルグルと回してピタリと静止した。まるでネジ巻き式の人形が動いて時が止まったかのように見える。
「ケントがダンスバトル始めたぞ!」
その途端、二人を遠巻きに見ていたギャラリーが、ワッと歓声を上げて駆け寄ってきた。
二人の対決を煽る者、スマホで定番のファンクミュージックを流す者。
始業のベルが鳴ったこともお構いなしに、大勢の生徒たちが二人を取り囲んでげきを飛ばした。
「ココではね、誰かに何かさせたかったら、タイマンでダンスバトルするのが鉄則なんだよ。君はこの動きをマネできる?」
アムはその場でピョンピョンと跳ねて手を叩いた。
「モノマネは大の得意じゃっ!」
ステップを踏み始めたアムは、まるでケントの動きをコピーしたように同じダンスを踊る。
ロックダンス特有の激しい動きからの静止のタイミングも絶妙に一致していて、フィニッシュのスタイルまでもマネてみせた。
「どうじゃッ!」
「ッ!」
ギャラリーから「オオッ!」というどよめきが漏れ、割れんばかりの拍手が巻き起こった。
「おいおい嘘だろ? 相手はダンスランク3位のケントだぜ。」
「あのコやるじゃん!」
ケントは青ざめると肘までシャツを腕まくりをした。
「あーゴメン。なら、俺もちょっとだけ本気出すわ。」
アムを睨んだケントは、軽快なポップコーンステップから高速で横にパンチを繰り出すように飛ばして、そのまま高速ステップをしながら右回転し、片手ジョーダンを決めた。
黄色い歓声を全身に浴びたあと、最後に腕をクロスしてポージングでフィニッシュ。
「スッゴイ!」
丸い目をキラキラさせたアムが、その場にいた誰よりも大きく手を叩いてケントをほめたたえた。
「おぬしは才能アリじゃな!」
「才能だけじゃないけどね。次はそっちの番だよ。」
荒い息を吐きながら、ケントが拳を前につき出した。
アムはきょとんとした顔をした。
「今のもマネすればいいのか?」
「バトルなのにまた俺のマネすんの? それ地味にケンカ売ってるつもり?」
「いいや。うちはマネしかできないのだ。」
「まあいいや。できるもんならやってみ。」
「りょーかいじゃ。いっくよー!」
アムは、ニカッと笑顔全開で軽快なポップコーンステップを決めた。
※
「クソ、俺の動きが完璧にトレースされるなんて・・・!」
膝を折ってその場に崩れ落ちたケントが歯ぎしりをしている。
アムが、完璧にケントが踊ったロックダンスをコピーしてみせたのだ。
おまけに片手ジョーダンを決めた時には、スカートの下の腹まで覆う毛糸のパンツがモロに見えて、色んな意味での拍手喝采となった。
ケントはギャラリーの声援に応えてブンブンと手を振る、笑顔が絶えないアムを悔しそうに見上げた。
「負けたよ・・・お前、何年生?」
「たぶん、いちねんせいじゃ。」
「たぶん?」
「今日はじめて学校に来たから、何年生になるのかはわからん。」
「ああ、転校生ね。で、名前はなんだっけ?」
「アム。」
「変な名前。」
「ケントだって、良い名とはいえないぞ。」
「はぁ、なにこの女? ッとに調子狂うな。」
「それより約束じゃ。ケントの首にホクロがあるのか確認させてくれ。」
「まー、しょうがないか。」
コンクリートの地面にあぐらをかいたケントは、学ランの立て襟を少しずらして顔をそむけた。
「どれどれ・・・。」
アムがケントに近づいた途端、ケントの足がシュッと素早く半円を描きアムの足を強引に払った。
「おらァ‼」
「フギャッ!」
アムはつんのめった格好のまま転ぶかと思われたが、なんと大きく前方に二回宙をして綺麗に着地した。
「し、信じられない。ダブルフロントだと・・・! 羽でも生えているのか⁉」
ケントが口をあんぐりと開けたまま放心状態でアムを見ている。
「二回宙? トランポリンでもないとできない大技だぞ?」
「なんなんだ、この女?」
ダンスバトルを見守っていたギャラリーからも驚きの声が上がり、辺りは騒然とした。
アムは自分が注目されていることが分かると、校門の塀に駆け上り腕を組んで大声で叫んだ。
「ニンゲンどもよく聞け! うちはアム。
この高校でいちばんダンスが上手くて首筋にホクロがある男子・ちぃくん探している!
ダンスバトル上等! 我こそはと思う人間はいつでもかかってくるが良い‼」
調子に乗ってハハハと大口を叩いたアムは、頭に違和感を覚えてハッとした。
「何あれ、ケモ耳のカチューシャ?」
アムが頭から獣の耳を生やしているのに気づいた女子生徒がアムを指さしている。
ま、まずい。興奮してはいけなかった。
アムは脇の下から大量の汗が垂れるのを自覚していた。
自分が狸だとバレたら狸神がかけた魔法が解けて森に強制送還されることを忘れていた!
「し、しまったーーー‼」
日本藝術舞踊学園の校門の前に珍しく多くの人だかりができたのは、おかしな女子生徒がひとりで騒いでいるからだった。
「やあやあやあ、遠からんものは音にぞ聞け、近くば寄って目にも見よ!
うちはアム!この高校でいちばんダンスが上手くて首筋にホクロがある男子を探している!
心当たりがあるものはおらんかー⁉」
アムは小柄で赤毛のボブヘアー。ほっぺはリンゴのように赤く、まん丸い黒目がちな瞳が印象的な女子だった。
真新しいブレザーの制服にひざ丈のチェックのプリーツスカートは少し丈が長めで、季節外れの転校生のようにも見える。
「おぬしは? おぬしはどうじゃ?」
「わ、わかりません。」
関わり合いにならないよう、足早に自分の横を通り過ぎようとする生徒たちをわざわざ捕まえて、アムは飽きることなく同じ質問を繰り返している。愛嬌がある小動物のような女子だから許せるが、これが男子生徒ならすぐに通報されているだろう。
運悪く彼女に足止めされた生徒のひとりはダルそうに首を傾げたが「おぬしはダンスが上手い人間を知っているか?」という質問には、紫色のヘッドホンをずらしてニヤリと笑った。
「この学園に在籍してる奴らはみんなダンスはレべチだよ。
あえていちばんダンスが上手いといえば3ワールドくらいかな。」
「3ワールド?」
「ダンスで世界大会に出たことのある3人をそう呼んでるんだ。
ブレイクダンスのジン、ストリートダンスのユーリ、そしてロックダンスのケント。
あ、ちなみにケントは俺のことだけどね。」
「おぬしがケントでスリスリワールドじゃと⁉ 」
アムは遠慮なくケントの鼻先スレスレまで迫ると、クンクンと鼻を鳴らした。
「ちょ、何コイツ・・・犬じゃあるまいし。」
ケントは想定外のアムの行動に怯えた様子でたじろいだ。
「ふむ。面影はまるっきり無いが、可能性は無きにしも非ず。
首筋を見せよ!」
「強引だねぇ。それならさぁ・・・。」
ケントは端正なルックスに含みのある陰を残して、ペロッと舌を出した。
「俺にダンスバトルで勝てたらね。」
「ダンスバトル?」
「まさか、この高校に人探しだけで来たわけじゃないでしょ?」
ケントは軽いフットワークのステップから金の髪を揺らして大きく肩を動かすと、肘を固定しながら耳の横で手をグルグルと回してピタリと静止した。まるでネジ巻き式の人形が動いて時が止まったかのように見える。
「ケントがダンスバトル始めたぞ!」
その途端、二人を遠巻きに見ていたギャラリーが、ワッと歓声を上げて駆け寄ってきた。
二人の対決を煽る者、スマホで定番のファンクミュージックを流す者。
始業のベルが鳴ったこともお構いなしに、大勢の生徒たちが二人を取り囲んでげきを飛ばした。
「ココではね、誰かに何かさせたかったら、タイマンでダンスバトルするのが鉄則なんだよ。君はこの動きをマネできる?」
アムはその場でピョンピョンと跳ねて手を叩いた。
「モノマネは大の得意じゃっ!」
ステップを踏み始めたアムは、まるでケントの動きをコピーしたように同じダンスを踊る。
ロックダンス特有の激しい動きからの静止のタイミングも絶妙に一致していて、フィニッシュのスタイルまでもマネてみせた。
「どうじゃッ!」
「ッ!」
ギャラリーから「オオッ!」というどよめきが漏れ、割れんばかりの拍手が巻き起こった。
「おいおい嘘だろ? 相手はダンスランク3位のケントだぜ。」
「あのコやるじゃん!」
ケントは青ざめると肘までシャツを腕まくりをした。
「あーゴメン。なら、俺もちょっとだけ本気出すわ。」
アムを睨んだケントは、軽快なポップコーンステップから高速で横にパンチを繰り出すように飛ばして、そのまま高速ステップをしながら右回転し、片手ジョーダンを決めた。
黄色い歓声を全身に浴びたあと、最後に腕をクロスしてポージングでフィニッシュ。
「スッゴイ!」
丸い目をキラキラさせたアムが、その場にいた誰よりも大きく手を叩いてケントをほめたたえた。
「おぬしは才能アリじゃな!」
「才能だけじゃないけどね。次はそっちの番だよ。」
荒い息を吐きながら、ケントが拳を前につき出した。
アムはきょとんとした顔をした。
「今のもマネすればいいのか?」
「バトルなのにまた俺のマネすんの? それ地味にケンカ売ってるつもり?」
「いいや。うちはマネしかできないのだ。」
「まあいいや。できるもんならやってみ。」
「りょーかいじゃ。いっくよー!」
アムは、ニカッと笑顔全開で軽快なポップコーンステップを決めた。
※
「クソ、俺の動きが完璧にトレースされるなんて・・・!」
膝を折ってその場に崩れ落ちたケントが歯ぎしりをしている。
アムが、完璧にケントが踊ったロックダンスをコピーしてみせたのだ。
おまけに片手ジョーダンを決めた時には、スカートの下の腹まで覆う毛糸のパンツがモロに見えて、色んな意味での拍手喝采となった。
ケントはギャラリーの声援に応えてブンブンと手を振る、笑顔が絶えないアムを悔しそうに見上げた。
「負けたよ・・・お前、何年生?」
「たぶん、いちねんせいじゃ。」
「たぶん?」
「今日はじめて学校に来たから、何年生になるのかはわからん。」
「ああ、転校生ね。で、名前はなんだっけ?」
「アム。」
「変な名前。」
「ケントだって、良い名とはいえないぞ。」
「はぁ、なにこの女? ッとに調子狂うな。」
「それより約束じゃ。ケントの首にホクロがあるのか確認させてくれ。」
「まー、しょうがないか。」
コンクリートの地面にあぐらをかいたケントは、学ランの立て襟を少しずらして顔をそむけた。
「どれどれ・・・。」
アムがケントに近づいた途端、ケントの足がシュッと素早く半円を描きアムの足を強引に払った。
「おらァ‼」
「フギャッ!」
アムはつんのめった格好のまま転ぶかと思われたが、なんと大きく前方に二回宙をして綺麗に着地した。
「し、信じられない。ダブルフロントだと・・・! 羽でも生えているのか⁉」
ケントが口をあんぐりと開けたまま放心状態でアムを見ている。
「二回宙? トランポリンでもないとできない大技だぞ?」
「なんなんだ、この女?」
ダンスバトルを見守っていたギャラリーからも驚きの声が上がり、辺りは騒然とした。
アムは自分が注目されていることが分かると、校門の塀に駆け上り腕を組んで大声で叫んだ。
「ニンゲンどもよく聞け! うちはアム。
この高校でいちばんダンスが上手くて首筋にホクロがある男子・ちぃくん探している!
ダンスバトル上等! 我こそはと思う人間はいつでもかかってくるが良い‼」
調子に乗ってハハハと大口を叩いたアムは、頭に違和感を覚えてハッとした。
「何あれ、ケモ耳のカチューシャ?」
アムが頭から獣の耳を生やしているのに気づいた女子生徒がアムを指さしている。
ま、まずい。興奮してはいけなかった。
アムは脇の下から大量の汗が垂れるのを自覚していた。
自分が狸だとバレたら狸神がかけた魔法が解けて森に強制送還されることを忘れていた!
「し、しまったーーー‼」