ブレイクアウト!
#11 アムはアムだから
ケントは、日本藝術舞踊学園から東に1㎞ほど離れた小さな神社まで走った。赤い鳥居をくぐり長い階段を登り切ったあと、拝殿の手前の石畳でようやく足を止める。
「ハァハァ。つい、いつものランニングコースに来ちまった。でもさすがに、ここまでは誰も来ないだろうな。」
息を整えながらアムを背中から下ろすと、ケントは汗でビッショリになっていた。
「ここは・・・。」
アムはキョロキョロと辺りを見渡した。
「来たことある? 」
場所は違えど、この神社の裏山からは狸ノ森に近いニオイがする。
姿は見えないけど、どこかに狸たちの穴蔵があるのだろう。しかもアムには、ここがどこか見覚えのあるような場所に思えた。
「うーん、どうだろう。思い出せないのじゃ・・・。」
アムがクンクンと自然の風に鼻をひくつかせていると、急にケントがアムの腰をヒョイと持って持ち上げた。
「ヒャッ! 何をするのじゃ⁉」
「お前、ちゃんとメシ食ってんの?」
ケントは悪びれもせずにジタバタするアムを抱えていたが、首を傾げながらそっと地上に降ろした。
「前に背負った時にも思ったけど、身長の割には軽すぎなんだよな。」
アムはギクリとして顔が強張った。
ニンゲンの姿になる魔法をかけてもらった時に、見た目はニンゲンでも、中身はそっくり狸のままだと狸神さまに言われたことを思い出したのだ。
「そ、そうかな? うちはいたってフツーの女子の重さだと思うぞ。
昨日観たTVの中で、ムティちゃんも体重はアンパン1つ分だって言ってたしな!」
「ファンタジーキャラのナゾ設定ダルいわ。
言っとくけど、ダイエットなんてイイことねーぞ。女はある程度、肉がついてた方がモテるからな。」
「ケントも肉がついているメスが好きなのか?」
「ボン・キュッ・ボンは男の永遠の憧れだ! もちろんジンやユーリだって・・・。」
二人の名前を口にした瞬間、ケントの顔色が少し曇ったのを、アムは見逃さなかった。
「どうした? あの二人とケンカでもしたのか?」
「いや、なんでもねぇよ。」
ケントは苦笑いした。
普段ニブイくせに、どうしてこんな時だけ敏感なんだ?
「それより、アムは朝から大変だったみたいだな。」
話題を変えると今度はアムが暗い顔になった。
「今日はみんなの様子がおかしくて、すごく怖かったのじゃ。
ハイシンを観たとかいう生徒がたくさんクラスに押し寄せてきた。
うちのダンスを褒めてくれるニンゲンもたくさんいたけど、うちのダンスが邪道だと怒ってくるニンゲンも居て・・・頭の中がグチャグチャじゃ。」
ケントはハッとしてアムを見た。
ユーリがケントに見せようとしていた配信動画のコメント欄には、誹謗中傷の声が赤裸々に書いてあったのかもしれない。
「ケントに教えてもらったダンスバトルが楽しくて、ダンスが大好きになったのに、モノマネするのはダメなの?」
「ダメなんかじゃない。最初はみんなマネから始めるし、アムのトレースは完成度が高い。俺はマネを超えた革命的なダンススキルだと思う!」
「でも、みんなはそう思ってないのかもしれない。なんか今はもう・・・踊るのが怖いのじゃ。」
アムの丸い目には涙がこぼれそうなほど溜まっている。
ケントは胸がズキンと痛くなり、目頭が熱くなった。
「俺もダンスの世界大会に出た時には、ちょっと顔が売れてさ。
急に知らない奴らが話しかけてきたり、遠い親せきってヤツが電話してきたりしたよ。
でも、そんなの一時のもんだから風邪と一緒。放っておけば、そのうちもとの日常に戻る。」
「戻るってどれくらいで?」
「1週間くらいの辛抱だな。新しいニュースが出れば、すぐにみんな忘れるって。」
アムはショボンとして拝殿前の柵に腰掛け、持っていたポケットティッシュで思い切り鼻をかんだ。
「うちは忘れたくないけど、やっぱりみんな、昔のことは忘れてしまうんじゃな・・・。」
(ウッ。励ましたつもりなのに、アムのやつ、また落ち込んでる!
俺の言葉じゃアムを元気にするのは無理なのか・・・?)
一瞬、ジンの顔が浮かんだケントは自分の髪をクシャクシャに掻きむしりながら、アムの横の柵に背中を預けた。
「忘れてイイこともあるだろ。例えば・・・嫌な過去とかな。
俺なんてガキのころは親が海外赴任してたから、家では常にひとりぼっちで、ほとんど楽しい思い出なんてないんだ。」
アムは、自分がホケンジョで銀の檻に入れられたことを思いだしながらケントを見上げた。
「寂しかった?」
「そうでもない。ダンス教室に行けばジンとユーリがいたし、いつも三人で行動していたから寂しくなかったよ。
あいつら、ガキのころからの親友だからな。」
「ふうん。ケントにも小さい頃があったのか。」
「当ったり前だろ。可愛すぎて女だと思われていたみたいだぜ。
ジンもユーリも初恋は俺なんだって。」
「あはは!」
アムは頭にリボンをつけたムティちゃんみたいなケントを想像して、思い切り笑い転げた。
ケントがムスッとしてアムの背中をバシッと叩く。
「そんなに笑うな!」
「だって、可愛いケントを想像できないのじゃ・・・‼」
ケントは目じりに柔らかい光を宿して微笑んだ。
「声出るじゃねーか。それでいいんだよ。
アムが元気ないと俺も調子出ないから、フツーにしてろよな。
アムは、アムだろ。」
急にケントの言葉が、心に巣食った蜘蛛の糸を取り払うようにアムの中で輝いた。
アムはケントに心から微笑んだ。
「うちは、うちじゃ!」
アムは柵から飛び降りるとピョンピョン跳ねた。
「ダンスバトルしよう!」
「えー、今から? ったく・・・もう少し落ち込んでろよ!」
「マネするから、踊って!! 何だっけ? ケントの得意なケロケロダンス!」
「カエルみたいに言うなや! ロッキングだから!」
※
日暮れの鐘が山に鳴り響き、空には少し黒い雲ががかってきた。ひんやりとした空気を感じたケントが、空を見上げてステップの足を止めた。
「夜は雨が降るって朝の天気予報で言ってたな。そろそろ帰るか。」
「ケント待てッ、よく考えたら、ここの神さまにご挨拶をしてなかったではないか!
ついでにダンフェスで優勝できるようにお願いしてから帰るのじゃ!」
「礼儀正しいのか厚かましいのか分かんねーな。」
「神さまは、一生に一回は願いを叶えてくれるんじゃ!」
アムに引っ張られて階段から引き返したケントは、尻ポケットから長財布をだした。
「そんなら、優勝よりもちぃくんが見つかるようにお願いした方がいんじゃね?」
「あっ、そうじゃな! でもダンフェスも捨てがたいし・・・うーむ。」
「じゃあ、俺とアムがダンフェスで活躍できるようにお願いするから、お前はちぃくんのお願いしろよ。」
「かたじけない! 神さま・仏さま・ケントさまッ!」
「ハイハイ、調子いいな。じゃあ、神さまにお願いする前にちゃんと手水鉢で手を洗ってからいこうぜ。」
「ちょうずばち?」
「手を洗うところ。」
「悪ぶってはいるが、ケントってマジメよな。」
「それな。ジンたちにもよく言われるけど、なんなん?」
拝殿の横手に向かうと、色とりどりの花で飾られた石造の水鉢が見えた。その鉢には竹の筒から水が絶えず流れ落ちて、水鉢を常に満たしている。
柄杓で水をすくったケントが、アムの様子がおかしいのに気づいて声をかけた。
「こっちに来いよ。手を洗うんだろ?」
アムは手水鉢を見た途端、一瞬にして気持ちが凍りついていた。
そうだ。ここを、どうして忘れていたんだろう。
ここは、雨の日にアムが捨てられた場所だ。
「ハァハァ。つい、いつものランニングコースに来ちまった。でもさすがに、ここまでは誰も来ないだろうな。」
息を整えながらアムを背中から下ろすと、ケントは汗でビッショリになっていた。
「ここは・・・。」
アムはキョロキョロと辺りを見渡した。
「来たことある? 」
場所は違えど、この神社の裏山からは狸ノ森に近いニオイがする。
姿は見えないけど、どこかに狸たちの穴蔵があるのだろう。しかもアムには、ここがどこか見覚えのあるような場所に思えた。
「うーん、どうだろう。思い出せないのじゃ・・・。」
アムがクンクンと自然の風に鼻をひくつかせていると、急にケントがアムの腰をヒョイと持って持ち上げた。
「ヒャッ! 何をするのじゃ⁉」
「お前、ちゃんとメシ食ってんの?」
ケントは悪びれもせずにジタバタするアムを抱えていたが、首を傾げながらそっと地上に降ろした。
「前に背負った時にも思ったけど、身長の割には軽すぎなんだよな。」
アムはギクリとして顔が強張った。
ニンゲンの姿になる魔法をかけてもらった時に、見た目はニンゲンでも、中身はそっくり狸のままだと狸神さまに言われたことを思い出したのだ。
「そ、そうかな? うちはいたってフツーの女子の重さだと思うぞ。
昨日観たTVの中で、ムティちゃんも体重はアンパン1つ分だって言ってたしな!」
「ファンタジーキャラのナゾ設定ダルいわ。
言っとくけど、ダイエットなんてイイことねーぞ。女はある程度、肉がついてた方がモテるからな。」
「ケントも肉がついているメスが好きなのか?」
「ボン・キュッ・ボンは男の永遠の憧れだ! もちろんジンやユーリだって・・・。」
二人の名前を口にした瞬間、ケントの顔色が少し曇ったのを、アムは見逃さなかった。
「どうした? あの二人とケンカでもしたのか?」
「いや、なんでもねぇよ。」
ケントは苦笑いした。
普段ニブイくせに、どうしてこんな時だけ敏感なんだ?
「それより、アムは朝から大変だったみたいだな。」
話題を変えると今度はアムが暗い顔になった。
「今日はみんなの様子がおかしくて、すごく怖かったのじゃ。
ハイシンを観たとかいう生徒がたくさんクラスに押し寄せてきた。
うちのダンスを褒めてくれるニンゲンもたくさんいたけど、うちのダンスが邪道だと怒ってくるニンゲンも居て・・・頭の中がグチャグチャじゃ。」
ケントはハッとしてアムを見た。
ユーリがケントに見せようとしていた配信動画のコメント欄には、誹謗中傷の声が赤裸々に書いてあったのかもしれない。
「ケントに教えてもらったダンスバトルが楽しくて、ダンスが大好きになったのに、モノマネするのはダメなの?」
「ダメなんかじゃない。最初はみんなマネから始めるし、アムのトレースは完成度が高い。俺はマネを超えた革命的なダンススキルだと思う!」
「でも、みんなはそう思ってないのかもしれない。なんか今はもう・・・踊るのが怖いのじゃ。」
アムの丸い目には涙がこぼれそうなほど溜まっている。
ケントは胸がズキンと痛くなり、目頭が熱くなった。
「俺もダンスの世界大会に出た時には、ちょっと顔が売れてさ。
急に知らない奴らが話しかけてきたり、遠い親せきってヤツが電話してきたりしたよ。
でも、そんなの一時のもんだから風邪と一緒。放っておけば、そのうちもとの日常に戻る。」
「戻るってどれくらいで?」
「1週間くらいの辛抱だな。新しいニュースが出れば、すぐにみんな忘れるって。」
アムはショボンとして拝殿前の柵に腰掛け、持っていたポケットティッシュで思い切り鼻をかんだ。
「うちは忘れたくないけど、やっぱりみんな、昔のことは忘れてしまうんじゃな・・・。」
(ウッ。励ましたつもりなのに、アムのやつ、また落ち込んでる!
俺の言葉じゃアムを元気にするのは無理なのか・・・?)
一瞬、ジンの顔が浮かんだケントは自分の髪をクシャクシャに掻きむしりながら、アムの横の柵に背中を預けた。
「忘れてイイこともあるだろ。例えば・・・嫌な過去とかな。
俺なんてガキのころは親が海外赴任してたから、家では常にひとりぼっちで、ほとんど楽しい思い出なんてないんだ。」
アムは、自分がホケンジョで銀の檻に入れられたことを思いだしながらケントを見上げた。
「寂しかった?」
「そうでもない。ダンス教室に行けばジンとユーリがいたし、いつも三人で行動していたから寂しくなかったよ。
あいつら、ガキのころからの親友だからな。」
「ふうん。ケントにも小さい頃があったのか。」
「当ったり前だろ。可愛すぎて女だと思われていたみたいだぜ。
ジンもユーリも初恋は俺なんだって。」
「あはは!」
アムは頭にリボンをつけたムティちゃんみたいなケントを想像して、思い切り笑い転げた。
ケントがムスッとしてアムの背中をバシッと叩く。
「そんなに笑うな!」
「だって、可愛いケントを想像できないのじゃ・・・‼」
ケントは目じりに柔らかい光を宿して微笑んだ。
「声出るじゃねーか。それでいいんだよ。
アムが元気ないと俺も調子出ないから、フツーにしてろよな。
アムは、アムだろ。」
急にケントの言葉が、心に巣食った蜘蛛の糸を取り払うようにアムの中で輝いた。
アムはケントに心から微笑んだ。
「うちは、うちじゃ!」
アムは柵から飛び降りるとピョンピョン跳ねた。
「ダンスバトルしよう!」
「えー、今から? ったく・・・もう少し落ち込んでろよ!」
「マネするから、踊って!! 何だっけ? ケントの得意なケロケロダンス!」
「カエルみたいに言うなや! ロッキングだから!」
※
日暮れの鐘が山に鳴り響き、空には少し黒い雲ががかってきた。ひんやりとした空気を感じたケントが、空を見上げてステップの足を止めた。
「夜は雨が降るって朝の天気予報で言ってたな。そろそろ帰るか。」
「ケント待てッ、よく考えたら、ここの神さまにご挨拶をしてなかったではないか!
ついでにダンフェスで優勝できるようにお願いしてから帰るのじゃ!」
「礼儀正しいのか厚かましいのか分かんねーな。」
「神さまは、一生に一回は願いを叶えてくれるんじゃ!」
アムに引っ張られて階段から引き返したケントは、尻ポケットから長財布をだした。
「そんなら、優勝よりもちぃくんが見つかるようにお願いした方がいんじゃね?」
「あっ、そうじゃな! でもダンフェスも捨てがたいし・・・うーむ。」
「じゃあ、俺とアムがダンフェスで活躍できるようにお願いするから、お前はちぃくんのお願いしろよ。」
「かたじけない! 神さま・仏さま・ケントさまッ!」
「ハイハイ、調子いいな。じゃあ、神さまにお願いする前にちゃんと手水鉢で手を洗ってからいこうぜ。」
「ちょうずばち?」
「手を洗うところ。」
「悪ぶってはいるが、ケントってマジメよな。」
「それな。ジンたちにもよく言われるけど、なんなん?」
拝殿の横手に向かうと、色とりどりの花で飾られた石造の水鉢が見えた。その鉢には竹の筒から水が絶えず流れ落ちて、水鉢を常に満たしている。
柄杓で水をすくったケントが、アムの様子がおかしいのに気づいて声をかけた。
「こっちに来いよ。手を洗うんだろ?」
アムは手水鉢を見た途端、一瞬にして気持ちが凍りついていた。
そうだ。ここを、どうして忘れていたんだろう。
ここは、雨の日にアムが捨てられた場所だ。