ブレイクアウト!
#13 俺にしておきなよ
学園の西校舎の横にあるレンガが敷き詰められた小広場には中央に小さな噴水が水しぶきを上げていて、広場を取り囲むように半円の木のベンチが連なっている。
都会のビル群に囲まれた無機質な印象の学園において、ここは緑地帯が設けられている唯一の癒しスポットだ。
アムを連れて小広場にやってきたユーリは、鋭い殺気を感じて振り返ったが、すぐに首を傾げた。
「ユーリ、どうしたのじゃ?」
「いや、誰かに見られている気がしたんだが、気のせいかなァ?」
危機一髪、広場に設置されている青年の銅像に隠れたケントは、心臓をバクバクさせていた。
(あっぶねぇ・・・それにしてもユーリのやつ、なんでこんなところまでアムを連れてくるんだ?)
「そこに座って。」
ベンチにアムを座らせたユーリは、自身はヤンキー座りでどっしりと斜に構えた。
「で、ユーリの話って何じゃ?」
アムは足をブラブラさせながら興味津々の丸い目でユーリを見つめた。
「ずっとアムに聞きたかったんだけど、ちぃくんを探して、そのあとはどうするの?」
「え?」
「例えば、成長したちぃくんに告白したいとか、昔話がしたいだけとか、なにかしらの目的がないのかなと思って。」
アムは「ウーン」と目を細めて唸った。
「しいていえば、どうしてもちぃくんに聞きたいことがあるのじゃ。」
「それはどんな?」
「ちぃくんにしか言えぬ! ユーリには秘密じゃ。」
プンとそっぽを向いたアムに、ユーリが静かにハッキリと呟いた。
「俺がそのちぃくんだったら、教えてくれる?」
「・・・え。」
アムが動揺した顔でユーリを凝視する。
銅像の後ろに隠れて盗み聞きをしていたケントは、驚いてその場にひっくり返った。
(ユーリがちぃくん? マ、マジか‼)
「俺、キッズダンサー時代は背が小さくて、周りに【ちぃくん】とか【ちぃちゃん】って呼ばれていたんだよ。
首にホクロもあるし、アムが探してるヤツは俺かもしれないぜ。」
アムは急にベンチから立ち上がるとユーリの顔を両手で触り、マジマジと至近距離でその瞳を見つめた。
「ユーリがちぃくん?
髪も、目の色も黒くないけど・・・。」
ユーリは破顔してカラコンを目から外すと、アムがおののいて手を引いた。
「ギャッ、目がはがれた!」
「アムって、カラコン知らない界隈なの?」
「それって手品? 魔法⁇」
「おもしれーけど、どっちも不正解。
俺が赤が好きだから、染髪とカラコンで色を変えているだけ。昔は真っ黒いカラスみたいな色だったよ。
まぁ、それはケントもだけどね。」
(ニンゲンも狸神さまみたいに魔法が使えるのか⁉)
アムが混乱していると、ユーリはアムの片手を引き寄せて、優しく胸に抱いた。
「⁉」
驚いてフリーズするアム。
ユーリはアムの耳元で甘く囁いた。
「俺は惚れた女にはとことん尽くすよ。
だからもう、ちぃくん探しはおしまい。俺にしておきなよ。」
「ホントに、ちぃくんなの?」
アムがユーリの胸の中で惚けていると、突然、銅像の陰から飛び出してきたケントが二人を引き離してユーリの胸ぐらをつかんだ。
「オイッ‼」
ユーリが顔を引きつらせる。
「ケント⁉」
「テメェ、なんで黙ってたんだよ‼」
「やっぱり、見てたんだ。」
「やっぱりってなんだよ、バカヤロウ‼
お前がアムの探しているちぃくんだって、もっと早く言っていれば、こんなに悩まなくても良かったじゃねーか!」
「それって、アムが? それともお前がか?」
皮肉げに唇を歪めたユーリは胸ぐらをつかまれたまま、ケントの腹に渾身のボディブローを叩きこんだ。
「ガハッ!」
不意を突かれたケントが九の字になってレンガの石畳にうずくまる。
ユーリはズレた眼鏡のフレームを直してから、両手をパンパンと叩いて埃を払った。
「答えられねーなら、口出すなや。」
アムがケントに走り寄って助け起こそうとするが、歯を食いしばったケントはアムの手を振り払ってユーリをにらんだ。
「あーそうだよ、俺がムカついてんの!」
「ケント、なんで? なんでユーリと喧嘩するのじゃ!?」
「俺にも分かんねーよ!
お前邪魔だ、どけよ‼」
「ムキーッ!」
なおもユーリに食ってかかろうとするケントの二の腕に、今度はアムが噛みついた。
「痛ッ! 噛むなアム!!」
「この学園で喧嘩するならダンスバトルだって、教えてくれたのはケントではないか! それなのに、ユーリもケントも殴り合うのはダメなんじゃーーー!!」
ユーリの腕から口を離すと、アムは小広場の噴水まで走っていき、その水を頬いっぱいに含んだ。
「アム、何やってんの?」
アムの奇怪な行動に驚いて噴水に近づく二人。
リスのように頬をパンパンに膨らませてこちらを振り返ったアムは、ケントとユーリの顔に水鉄砲のように水しぶきを吹きつけた。
「冷たっ! てか、お前何するんだよ、汚ねぇな!」
「うわっ・・・マジかッ⁉」
怒りがMAXだったはずのケントとユーリは、びしょ濡れになったお互いの顔を見合わせた。
「頭を冷やすといいのじゃ!!」
腕を組んでふんぞり返るアム。
次の瞬間、その顔に大量の水しぶきがかかった。
「にゃに!?」
噴水の水を大きな手ですくった二人が同時にアムに水を引っかけたのだ。
「お返し‼」
ユーリがニヤッと口の端を上げた。
「それな。男の喧嘩に首ツッコんでんじゃねーよ!」
ケントはもう一度手の平に水を溜めて、アム目がけて水を放った。
バッシャーン!!
頭から靴までビチャビチャになったアムの沸点は、電気ケトル並みの速さでMAXになった。
「ムキムキーッ! だから、ダンスで勝負をしろと言っているのじゃー‼」
アムも負けじと水を両手ですくい飛ばし、三人はいつの間にか噴水の中に入ってガチの水合戦をしていたのだ。
※
「せっかくお前の代わりにアムからいろいろ聞き出してやろうと思ったのに、台無しにしてんじゃねーよ。」
「なにそれ?」
制服を絞ると水たまりができるくらい水浸しになった三人は、一時休戦して着替えをすることにした。
アムが女子更衣室で着替えている間、男子更衣室のユーリとケントは半裸で背中合わせのまま喋っていたのだが、ユーリの思いがけないひと言に、ケントは眉をひそめた。「台無しって何?」
「お前がいつまでも煮え切らねー態度だから、親友の俺がひと芝居打って、お前に有利なようにコトを進めてやろうと思ったのに。」
「さっきから、俺が煮え切らないとか有利に進めるとか・・・どゆこと?」
「ニブイな。俺がちぃくんだって話は嘘なんだよ。」
「嘘⁉」
「お前、アムのこと好きなんだろ?」
「はーーー⁉ ちっ、ちげーよ! なんで俺があんな女のことッ‼」
「分かってる。昔からお前はジンや俺に対して我慢するからな。」
ユーリは赤面するケントを見ながら知った顔でうなずいた。
「だけど今回はエライよ。ちゃんと俺に言えたじゃん。
『ムカついてる』って。」
「クソ、下手な芝居しやがって!
あそこでもし、俺が飛び出さなかったら、アムをどうする気だったんだよ!?」
「それが俺ら三人の幸せになるなら、ずっとちぃくんを演じてても良かったよ。
ジンも言ってたけど、アムとつき合うと退屈しなそうだしな。」
「ざけんな。」
ジャージを羽織ったケントは、こめかみに青筋を浮かべてユーリに中指を突き立てて見せた。
「冗談だよ。でも、ちぃくんの話はあながち嘘でもない。本当にキッズダンサーの時は、そんな風に呼ばれていたしな。」
「ガキの頃はみんな、だいたいそんなあだ名で呼ばれるモンだろ。」
ユーリは意外な顏でケントを見た。
「あれ・・・お前もあだ名で呼ばれていたか覚えてんの?」
「いや、覚えてねーよ。」
「だよな。お前はガキの頃の交通事故で、ポカンと記憶が抜けてる部分があるからな。」
都会のビル群に囲まれた無機質な印象の学園において、ここは緑地帯が設けられている唯一の癒しスポットだ。
アムを連れて小広場にやってきたユーリは、鋭い殺気を感じて振り返ったが、すぐに首を傾げた。
「ユーリ、どうしたのじゃ?」
「いや、誰かに見られている気がしたんだが、気のせいかなァ?」
危機一髪、広場に設置されている青年の銅像に隠れたケントは、心臓をバクバクさせていた。
(あっぶねぇ・・・それにしてもユーリのやつ、なんでこんなところまでアムを連れてくるんだ?)
「そこに座って。」
ベンチにアムを座らせたユーリは、自身はヤンキー座りでどっしりと斜に構えた。
「で、ユーリの話って何じゃ?」
アムは足をブラブラさせながら興味津々の丸い目でユーリを見つめた。
「ずっとアムに聞きたかったんだけど、ちぃくんを探して、そのあとはどうするの?」
「え?」
「例えば、成長したちぃくんに告白したいとか、昔話がしたいだけとか、なにかしらの目的がないのかなと思って。」
アムは「ウーン」と目を細めて唸った。
「しいていえば、どうしてもちぃくんに聞きたいことがあるのじゃ。」
「それはどんな?」
「ちぃくんにしか言えぬ! ユーリには秘密じゃ。」
プンとそっぽを向いたアムに、ユーリが静かにハッキリと呟いた。
「俺がそのちぃくんだったら、教えてくれる?」
「・・・え。」
アムが動揺した顔でユーリを凝視する。
銅像の後ろに隠れて盗み聞きをしていたケントは、驚いてその場にひっくり返った。
(ユーリがちぃくん? マ、マジか‼)
「俺、キッズダンサー時代は背が小さくて、周りに【ちぃくん】とか【ちぃちゃん】って呼ばれていたんだよ。
首にホクロもあるし、アムが探してるヤツは俺かもしれないぜ。」
アムは急にベンチから立ち上がるとユーリの顔を両手で触り、マジマジと至近距離でその瞳を見つめた。
「ユーリがちぃくん?
髪も、目の色も黒くないけど・・・。」
ユーリは破顔してカラコンを目から外すと、アムがおののいて手を引いた。
「ギャッ、目がはがれた!」
「アムって、カラコン知らない界隈なの?」
「それって手品? 魔法⁇」
「おもしれーけど、どっちも不正解。
俺が赤が好きだから、染髪とカラコンで色を変えているだけ。昔は真っ黒いカラスみたいな色だったよ。
まぁ、それはケントもだけどね。」
(ニンゲンも狸神さまみたいに魔法が使えるのか⁉)
アムが混乱していると、ユーリはアムの片手を引き寄せて、優しく胸に抱いた。
「⁉」
驚いてフリーズするアム。
ユーリはアムの耳元で甘く囁いた。
「俺は惚れた女にはとことん尽くすよ。
だからもう、ちぃくん探しはおしまい。俺にしておきなよ。」
「ホントに、ちぃくんなの?」
アムがユーリの胸の中で惚けていると、突然、銅像の陰から飛び出してきたケントが二人を引き離してユーリの胸ぐらをつかんだ。
「オイッ‼」
ユーリが顔を引きつらせる。
「ケント⁉」
「テメェ、なんで黙ってたんだよ‼」
「やっぱり、見てたんだ。」
「やっぱりってなんだよ、バカヤロウ‼
お前がアムの探しているちぃくんだって、もっと早く言っていれば、こんなに悩まなくても良かったじゃねーか!」
「それって、アムが? それともお前がか?」
皮肉げに唇を歪めたユーリは胸ぐらをつかまれたまま、ケントの腹に渾身のボディブローを叩きこんだ。
「ガハッ!」
不意を突かれたケントが九の字になってレンガの石畳にうずくまる。
ユーリはズレた眼鏡のフレームを直してから、両手をパンパンと叩いて埃を払った。
「答えられねーなら、口出すなや。」
アムがケントに走り寄って助け起こそうとするが、歯を食いしばったケントはアムの手を振り払ってユーリをにらんだ。
「あーそうだよ、俺がムカついてんの!」
「ケント、なんで? なんでユーリと喧嘩するのじゃ!?」
「俺にも分かんねーよ!
お前邪魔だ、どけよ‼」
「ムキーッ!」
なおもユーリに食ってかかろうとするケントの二の腕に、今度はアムが噛みついた。
「痛ッ! 噛むなアム!!」
「この学園で喧嘩するならダンスバトルだって、教えてくれたのはケントではないか! それなのに、ユーリもケントも殴り合うのはダメなんじゃーーー!!」
ユーリの腕から口を離すと、アムは小広場の噴水まで走っていき、その水を頬いっぱいに含んだ。
「アム、何やってんの?」
アムの奇怪な行動に驚いて噴水に近づく二人。
リスのように頬をパンパンに膨らませてこちらを振り返ったアムは、ケントとユーリの顔に水鉄砲のように水しぶきを吹きつけた。
「冷たっ! てか、お前何するんだよ、汚ねぇな!」
「うわっ・・・マジかッ⁉」
怒りがMAXだったはずのケントとユーリは、びしょ濡れになったお互いの顔を見合わせた。
「頭を冷やすといいのじゃ!!」
腕を組んでふんぞり返るアム。
次の瞬間、その顔に大量の水しぶきがかかった。
「にゃに!?」
噴水の水を大きな手ですくった二人が同時にアムに水を引っかけたのだ。
「お返し‼」
ユーリがニヤッと口の端を上げた。
「それな。男の喧嘩に首ツッコんでんじゃねーよ!」
ケントはもう一度手の平に水を溜めて、アム目がけて水を放った。
バッシャーン!!
頭から靴までビチャビチャになったアムの沸点は、電気ケトル並みの速さでMAXになった。
「ムキムキーッ! だから、ダンスで勝負をしろと言っているのじゃー‼」
アムも負けじと水を両手ですくい飛ばし、三人はいつの間にか噴水の中に入ってガチの水合戦をしていたのだ。
※
「せっかくお前の代わりにアムからいろいろ聞き出してやろうと思ったのに、台無しにしてんじゃねーよ。」
「なにそれ?」
制服を絞ると水たまりができるくらい水浸しになった三人は、一時休戦して着替えをすることにした。
アムが女子更衣室で着替えている間、男子更衣室のユーリとケントは半裸で背中合わせのまま喋っていたのだが、ユーリの思いがけないひと言に、ケントは眉をひそめた。「台無しって何?」
「お前がいつまでも煮え切らねー態度だから、親友の俺がひと芝居打って、お前に有利なようにコトを進めてやろうと思ったのに。」
「さっきから、俺が煮え切らないとか有利に進めるとか・・・どゆこと?」
「ニブイな。俺がちぃくんだって話は嘘なんだよ。」
「嘘⁉」
「お前、アムのこと好きなんだろ?」
「はーーー⁉ ちっ、ちげーよ! なんで俺があんな女のことッ‼」
「分かってる。昔からお前はジンや俺に対して我慢するからな。」
ユーリは赤面するケントを見ながら知った顔でうなずいた。
「だけど今回はエライよ。ちゃんと俺に言えたじゃん。
『ムカついてる』って。」
「クソ、下手な芝居しやがって!
あそこでもし、俺が飛び出さなかったら、アムをどうする気だったんだよ!?」
「それが俺ら三人の幸せになるなら、ずっとちぃくんを演じてても良かったよ。
ジンも言ってたけど、アムとつき合うと退屈しなそうだしな。」
「ざけんな。」
ジャージを羽織ったケントは、こめかみに青筋を浮かべてユーリに中指を突き立てて見せた。
「冗談だよ。でも、ちぃくんの話はあながち嘘でもない。本当にキッズダンサーの時は、そんな風に呼ばれていたしな。」
「ガキの頃はみんな、だいたいそんなあだ名で呼ばれるモンだろ。」
ユーリは意外な顏でケントを見た。
「あれ・・・お前もあだ名で呼ばれていたか覚えてんの?」
「いや、覚えてねーよ。」
「だよな。お前はガキの頃の交通事故で、ポカンと記憶が抜けてる部分があるからな。」