ブレイクアウト!

#2 甘くて危険な3ワールド

「狸神さま、強制送還だけはカンベンしてくれーーー‼」

 ケモ耳を両手でふさぎながらその場にしゃがみ込むアム。

 そんなアムを見た女子生徒たちがドッとふき出した。
「なにあれ、ダサ。
 ダンスは超絶ヤバいけど、中身は厨二病?」
「バトルも終わったみたいだから、そろそろ行こ。」

 女子たちの乾いた笑いを皮切りに、アムとケントを取り囲んでいた輪は自然とバラバラに崩れていった。

「ん? なぜ何も起こらないのじゃ??」
 狸ノ森に強制送還されないことを不思議に思いながらも、ケモ耳を収納して校門の壁から飛び降りて地面に着地したアム。
 そこにムスッとした顔のケントが寄ってきた。

「お前、ダンフェスに強制参加な。」
「ダンフェス・・・なんじゃそれ?」
「ダンスフェスティバル。三か月後に開かれる、ここのヤンキーたちの番長(アタマ)を決める学園主催の大会だ。
 予選が来週から始まるから、ぜってーエントリーしろ。
 それに勝てたら、俺の首筋見せてやるよ。」
「ズルくないか? さっきは負けたって言ったじゃないかっ!」
「ウルサイ。まだ俺は本気出してないだけだ。」
「二回目は本気出すって言っていたのに・・・!」
「ちょっとだけ本気出すって言ったもんね!」

 抗議するアムを無視してケントはスタスタと校舎に向かって歩き、すぐに気がついたように足を止めた。

「そうだ、それまで他のヤツとのバトルに負けんじゃねーぞ!」

 くるりと振り向いて叫んだ瞬間、自分の背後に無言で張り付いているアムに気づいたケントは、ゾッとして飛び上がった。

「ホラーか! 俺の後ろについてきてんじゃねーよ!!」

 アムは制服の袖をもちゃもちゃとイジリ倒しながら、ポッと顔を赤らめた。

「学校、初めてだからよくわからなくて・・・。
  ケントよ、頼む。うちを校長室という場所まで連れていってくれ!!」
「ハァ? マジでなんなんお前。いったいドコの国から来たお姫さまだよ!?」

 ケントは金髪を掻きむしると、長い指をチョイと折り曲げてアムを呼びよせた。

「俺の教室行くついでに校長室があるから、勝手についてくれば?」
「 ケント、根はイイ奴だな‼」
「それな! も少し言いかたに気をつけろよ。」

 アムは喜んでピョンピョン跳ねながら、ムスッとするケントの後をついて行った。

 ※

「朝からイチャイチャすんなよ。」

 校長室に向かう渡り廊下の途中。
 背後からの尻上がりの口笛に反応したアムとケントが振り返ると、黒い髪の男子生徒と赤い髪に眼鏡姿の男子生徒がこちらを向いてニヤニヤと笑っていた。

「俺ら親友だろ? 彼女ができたならまず言えよ。」
「これが知れたらお前のファンクラブの奴らは全員昇天だな。」
「うっさい。黙れジンにユーリ。
 それにコイツは彼女なんかじゃねぇからな!」

 耳まで赤くなったケントの肩に、少し背の高い黒髪の男子・ジンが馴れ馴れしく腕を置いた。

「怒んなって! 見てたよ校門前のダンスバトル。
 ただ、負けた相手と歩いてるなんて、負けず嫌いのケントにしちゃ珍しいから、からかっただけ。」
「俺は負けてない!
 コイツが今日転校してきたばかりで校長室が分からないってゆーから連れてきただけだ!!」

「転校生?」
 ジンとユーリが同時にアムを見つめて、アムは思い切って口を開いた。

「ケントはうちに負けたって言ったのに、首筋のホクロを見せてくれないんじゃ!」

 一瞬の間があって、顔を見合わせたジンとユーリは代わる代わるケントの肩を軽く叩いた。
「痴話げんか、(オツ)。」
「なんか、二人の世界を邪魔して悪かったな。後で連絡くれや。」

 そそくさと立ち去ろうとする二人にケントは慌てて追いついた。
「オイ、お前らおかしな誤解してねーか!?
 コイツは【首筋にホクロがあってダンスが上手いヤツ】を探してるんだよ。
 お前らだってそうじゃねーか!」

 ジンとユーリの動きがピタリと止まった。

「ダンスが上手いヤツ? なら、ダンスランク1位の俺じゃね?」

 ジンがマジメな顔で自分に親指を突き出すと、絡め取るように手を被せたユーリがその指をへし折るように力を込めた。

「バカ言え。俺をさしおいて上手いとかゆーなよ。」
「んだと? テメー、やんのか⁉」
「あぁ⁉」

 見えない火花をバチバチに飛ばすジンとユーリ。
 丈を短く詰めた変型スラックスのポケットに手を差し込み、至近距離でオラオラとメンチを切る様はチンピラのようだ。

「この二人はケントよりダンスが上手いのか?」
 瞳をキラキラに輝かせたアムがケントの顔を覗き見た。
 少し苦い顔をしながらケントがうなずく。

「いちおーな。こいつらはU18のダンス世界大会でランク1位のジンと2位のユーリだ。
 つまり、俺たち三人で【3ワールド】ってこと。」
「なんと! 」

 アムは勢いよく手を横につき出すと、ジンとユーリの間に割って入った。
「たのもうたのもう!」

「は? 何。」
「邪魔すんなよ。」
 一瞬にしてダーク面を表に出す二人に気後れすることなく、アムはハツラツとのたまった。

「二人にダンスバトルを申し込む!」
「何だとッ?」 
「うちが勝ったら首にホクロがあるか調べさせてくれ!」
「ふーん。俺らに勝負を挑むなんて、いい根性してるじゃん。【胃の中のオカズ】ってヤツ?」
 
 辺りが一瞬、静まり返った。

「ジン、それを言うなら【井の中の(カワズ)】だ。おバカなんだから知ったかはよせ。
 一緒にいる俺らが恥ずかしい。」
 ユーリが口をを引きつらせながら、目を伏せて眼鏡のブリッジを中指で押し上げた。

 アムがキョトンとした顔でジンを指さす。
「ジンはバカなのか?」

 その瞬間、ユーリとケントが堰を切ったようにダハハと笑い転げた。我慢していた分、二人の腹に住んでいる笑いの神様の暴走が止まらない。

「ストレートすぎるだろ!」
「あ、そうか。バカは秘密だったのか。」

 腹を抱えてヒーヒー言う二人を見たジンは、プルプルと唇を震わせながら、その拳を思い切り廊下の壁に叩きつけた。 

「クソが! おまえら全員覚悟しろ。地獄見せてやんよ・・・!」
「ハイみなさん、今朝はここまでにしましょう。」

 壁の衝撃音と大人びた玲瓏な声が同時に廊下に響きわたった。
「バトルもいいですが、そろそろ一時間目が始まるので、教室に入ってね。」

 白シャツに紺色のベストとグレーのスラックスを履いた長身の男性は、仏のような優しい顔つきでアムたちを諭した。

「チッ、来週の予選で決着つけてやる。お前ら逃げんなよ!!」
「ああ、モチロン。」
「望むところだっつーの。」

 ペッと廊下にツバを吐いたジンとニヤリとしたままのユーリとケントは、それぞれ別方向に歩き去った。

「ニンゲンもオス同士が集まるとケンカをするものなのじゃな。勉強になった!
 それにしても・・・おぬし、見覚えのある顔じゃなー。」

 廊下に残されたアムはゼロ距離で紺色のベストの男性に詰め寄り、クンクンと身体のニオイを嗅いで回った。
 アムの奇行には動じず、男性は優しくニコリと笑った。

「君は転校生のアムさんだね? 私は校長の田村です。」
「ああーーーッ! 分かった‼」

 ニオイの正体に気づいたアムが、素っ頓狂な声を出して驚いた。
「なんで狸神さまがニンゲンの格好をしているんじゃ⁉」
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