ブレイクアウト!

#3 バトル会場はいずこ

「ふふ。ここでは校長先生と呼びなさい。」
 狸神と呼ばれた校長は校長室にアムを招き入れると、【来客中】の札をドアの前に掲げた。

「狸神が校長だとは思わなかった。」
「アムのことが気になってね。一時的に校長先生に化けているんだよ。」
 校長がパチンと指を鳴らすと淡青の煙が身体を包み、貫禄のある大型の古狸が姿を現した。

「全然分からなかったぞ!」
 もともと丸い目をもっと丸くしたアムは、勧められるままふかふかのソファに座った。
 狸神もニンゲンのように「よっこらしょ」とソファに腰を下ろすと、見事な白銀の体毛をペロペロと舐めながらアムを見た。

「早速、ここの生徒とバトルをしたみたいだね。アムはどこに居てもアムだねぇ。」
「どういう意味じゃ?」
「狸ノ森のトラブルメーカーが急にニンゲンになりたいだなんて無茶ぶりを願うから、狸たちを管理する神さまも大変だという意味さ。」
「うちは、【狸ノ森の狸が16歳の時、一生に一度願いを叶えられる権利】を行使しただけじゃ。」
「みんなは腹いっぱい木の実を食べたいとか、気になる狸の異性と仲良くなりたいとか言うものなんだけどね。
 アムは異例中の異例だよ。」

 狸神は目を細めて器用に急須のお茶を湯飲みに注ぎ、その中に氷をひとつずつポトンと入れた。それでも狸の舌には熱すぎるのか、すぐにはお茶に手を出さない。

「それにアムは事故に遭ったときに助けてくれたニンゲンの男の子を探しているんじゃなかったのかい? バトルなんてしてるヒマはないだろう。」
「ちぃくんはダンスが得意なんじゃ。きっと、今でもニンゲンの中でいちばんダンスが上手い。だから、うちがこの学園でいちばんになれば二番目にダンスが上手くて首筋にホクロがあるオスがちぃくんじゃ!」
「ふーん、そういうことか。でもいろいろ気をつけないと、ボロが出たら強制送還だからね。」
「そういえば朝、ケントとバトルをした時にうっかり耳が出てニンゲンに見られてしまったのだが、あれはセーフだったのか?」
「ニンゲンたちはケモ耳をアクセサリーだと思ったみたいだよ。だから大丈夫。
 でも、狸とアムの因果関係が確信されてしまうとアウトだよ。【運命の人】以外にはね。」

 アムはソファから飛びあがると、元気よく胸を叩いてニッコリ笑った。

「それなら大丈夫じゃ! ちぃくんが【運命の人】だから‼」
「そんなにそのニンゲンのことを・・・。
 信じているものが確かなものとは限らないと思うが、狸生は一度きり。思うままに生きるのもまた、理に適っているのかもしれないね。」

 ようやくお茶をすすり始めた狸神は、すぐに赤くなった舌を口から出すと、青い顔をして犬のようにハッハと呼吸した。
「アム、ニンゲンのお茶を飲むときは気をつけなさい。我々は狸だが猫舌のようだ。」

 ※

 アムが鮮烈な転校デビューをかましてから一週間後、ダンスフェスティバルの予選が始まった。
 放課後の体育館のステージに集合した面々はどの生徒たちも強面のヤンキーばかりで、少しでも目立つように髪を染色したり加工された特攻服を着て個性を表現している。

「アムを見なかったか?」

 金の髪に紫のメッシュのエクステを付けた白い特攻服のケントが、キョロキョロと辺りを見渡している。
 柔軟体操をして準備を済ませていたジンとユーリは、首を傾げた。

「さあね。俺らにビビって逃げたんじゃね?」
「少なくともここには居ない。」
「おかしいな・・・昨日、エントリーの紙を出したって言ってたんだけど。」

「よゆーだね、ケント。他人のこと構ってるヒマあるなら今年は優勝できるんだろうなぁ?」
 指を組んでポキポキと関節を鳴らしたユーリの瞳が、挑戦的な色を放つ。

「ユーリ、お前からよゆーでブッ潰してやんよ。」
 ケントは自分の両目を二本指でさして、そのままユーリを指さした。
 だがしばらくすると、落ち着きなく腕時計を見たり貧乏ゆすりをしたりする。

「お待たせしました。間もなくダンフェス予選が始まります。参加者の皆様は番号を呼び出しますので順にステージにお集まりください。なお、3分以内にステージに上がらなければ棄権とみなし・・・。」
 アナウンスが会場に流れた瞬間、バネが弾けるようにケントがその場に飛びあがった。

「ダーッ!・・・もうめんどくせーな!」
「おい、どこ行くケント⁉ あと5分で始まるぞ⁉」

 金の髪をかき乱したケントがジンの静止を振り切って猛然と走り出した。
「アイツ何なんだよ、ちくしょう!
 勝ち逃げなんて、許さねーからな!」

 ※
 
「バトル会場はいずこーーー!」
 
 コンクリートで覆われた部屋にアムの高い声が響く。
 アムは鍵のかかったボイラー室の中に閉じ込められていた。
 
 一時間前、親切にここに連れてきてくれた数人の女子が、ケントファンクラブの会員であることをアムは知らなかった。
 ケントとのバトルを見て、素直で明るく不思議ちゃんのアムを慕うものも居たが、一部の女子たちには妬みの対象になったようだ。

 能天気なアムでも、この空間で過ごせば刻一刻と時が失われるのは分かる。叫ぶのに疲れたアムはその場にしゃがみこんだ。
「ニンゲンに騙されるなんて、うちはうつけじゃ。せっかく、ちぃくんの手がかりがつかめると思ったのに・・・。」

 ひと粒の涙が唇に触れてペロリと舌で舐めとると、アムは苦い顔をした。「しょっぱ。」
 そのとき、部屋のドアノブが乱暴にガチャガチャと回される音がして、アムはケモ耳と尻尾が飛び出そうになった。
「こ、今度は何じゃ?」

 ドキドキして硬直していると乱暴にドアが開いて、ケントが荒い息を吐きながら姿を現した。

「アム、無事か⁉ 二年の女子たちがアムをここに連れ込んだのを見たってタレコミがあったんだ。」
「ケントーーー!」

 思いっきりジャンプしたアムは、号泣してケントにしがみついた。
「わーん、二度とここから出られないかと思ったーーー‼」
「おま・・・分かったから背中に乗れ! 俺が全力ダッシュすればまだ間に合う‼」

 ケントはアムを背負うと、体育館に向かって全力で走りだした。
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