ブレイクアウト!

#6 トラブルメーカー

 予期せぬ番長候補の棄権にざわつく会場。
 アムは、腹の底から今まで感じたことのない不思議な力を感じて武者震いした。

「うちがケントの分まで頑張って、絶対に一位を獲る!」

 ジンとユーリが厳しい表情で見守るなか、ステージの中央に躍り出たアムはその場に制止して目を閉じた。
 森で息を潜める獲物を狩るときのように、ニンゲンの耳に手を添えて神経を全集中させ、次に鳴る一音にすべてを賭けようと思った。

 それは、アムのセピア色の記憶に残るちぃくんの言葉を思い出したからだ。
『ダンスはね、音に乗ることなんだよ!』

 ※

 幼い頃から狸ノ森で過ごしてきたアムは天真爛漫でニンゲンにも物怖じしない性格だった。そのせいか仲間うちから呼ばれていた通り名は【トラブルメーカー】

 いつもタヌキ狩りに来ていた狩人の前で死体のフリをし、近寄ってきたところを突然起き上がって驚かすという遊びをしていたので、狩人たちの間でも要注意タヌキとして目をつけられていた。

 その(さが)が災いしたのは7歳の頃。
 森で初めて出会った猟犬を相手にいつものように死んだフリをして遊んでいたら、ニオイで生きていることを察知されその牙に捕まったのだ。その後、飼い主の目が悪い老猟師に子犬と間違えられたアムは、ホケンジョという所へ連れていかれた。

「バ、バチが当たったんじゃ!」
 青ざめて後悔しても時すでに遅し。
 固くて叩いてもビクともしない銀の檻に入れられたアムは、来る日も来る日もニンゲンたちに監視され続けていた。

 勝気なアムも黙ってはいない。
 助けを求めて昼夜問わずに鳴いたり、檻を壊すために銀の金網に噛り付いて暴れていたりもした。
 でもその度に「コラ!」とニンゲンたちが怒って、檻をガタガタと揺らしアムを怖がらせた。

「この犬、結構なおてんばさんだね。」
「まだ小さいから貰い手がつくかも。譲渡会に出してみようか。」

 次に連れられたジョウトカイという場所は、苦手なニンゲンたちがウヨウヨ居る場所だった。誰も信用できない場所でいよいよメンタルがやられたアム。
 食べ物も喉を通らずただひたすらと尻尾を追い回す行動をするようになったころ、ひとりの男の子がアムの檻の前にしゃがみ込んでささやいた。
「ねぇ、タヌキさん。僕、動物図鑑が大好きだから知ってるよ。君は犬じゃないよね。
 大人には内緒で助けてあげるから、僕の友だちになってよ。」

 髪が真っ黒で目も大きい可愛いニンゲンの男の子は、擦り切れたアムの心にピタリと寄り添ってくれた。
 ある日、男の子は大人が見ていない隙にアムを檻の中から出すと、ダンボールにそっと隠して家に連れ帰った。
「ぼくはちぃくんだよ。君はこれからタヌぽんって呼ぶね。」

 ちぃくんの広い家でアムは銀の檻から解放された。
 基本、好きなように過ごし、3食の食事を与えられ、たまにちぃくんの相手をする。
 夜はちぃくんのベットでおもちゃに紛れて眠る。

 アムはすぐにこの生活が気に入った。

「ねぇタヌぽん、見て。
 ダンスってノリで躍るとカッコいいでしょ。」

 ちぃくんは、毎日音楽に合わせてアムにダンスを披露してくれた。
 「タヌぽんも僕のマネして踊ってみて!」
 
 アムがみようみまねで立ち上がり前足を動かしながら後足でリズムを取ると、ちぃくんは大興奮で褒めてくれた。

「スゴイよタヌぽん!
 君は才能アリだね!!
 でも、約束して。ダンスは僕の前でだけ。大人の前ではやっちゃダメ。僕と君とのヒミツだよ?」

 ちぃくんは、時折ダンスに失敗して泣くこともある。 
 それでも、負けず嫌いのちぃくんは踊ることを止める日はなかった。

「僕ねぇ、ダンスが大好きなんだ。夢は世界一のダンサーになって、世界中のみんなを幸せにすることなの。
 世界に行くとき、タヌぽんも一緒についてきてね。」

 アムは幸せだった。
 狸ノ森に帰れなくても、ちぃくんといればニンゲンの暮らしも怖くない。
 いつかちぃくんと、世界を見て回る未来が楽しみだった。

 なのに、なぜ?
 なぜあの雨の日、ちぃくんは突然うちを捨てたの?

 ※

 DJがターンテーブルを回した瞬間、アムはビートが強めのサイバー音に合わせて弾けるように踊りだした。
 エレクトロ・ファンクに乗せて動き出したダンスは、ケントが見せたポッピングだ。

「ウソだろ!? あのレベルの技もトレースできるのか!」
 ジンがポカンと口を開いてアムのダンスに見惚れている。

 ポッピングの合間にクラブステップも見せるアムに、顔面蒼白のユーリが唸った。
「 俺のスキルまで完全に把握してやがる・・・!!」
「でもさすがに、俺の技・エアーフレアはトレースできないでしょ。」

 ジンが予言したとおり、片手をついてエアーフレアーをしようとしたアムは、1回転半回ってその場に崩れてしまった。
「ギャン!」
 尻もちをついたアムに、審査員が渋い顔をする。

「やっぱりジン越えはムリなのか・・・。」
 会場には失望のため息が次々とあふれた。

 アムが失敗したにもかかわらず、容赦なくたたみかけるDJのスクラッチ音が会場に響きわたり、激しいロックサウンドがスピーカーからほとばしる。
「この急激な音の変化についていけなければ、ここでアムのバトルは終わりだぜぃ!」
 DJがマイクで煽ると、観客たちは絶望の声を出すものもいた。

 その時、なぜかアムの耳にケントの声だけが響いた。

「アム―――! 忘れたのか⁉ さっきの俺のムーブを使え‼」
 
「そうじゃ・・・!」
 アムの脳裏に、ケントが宙に舞う姿が焼き付いている。

「ケントのダンス、マネさせてもらうぞ!」

 アムは3回転のエアプレーンを華麗に回り、審査員の度肝を抜いた。
 そして、その勢いのまま助走なしの二回宙も成功。

「で、できた!
 これが、ちぃくんの言っていたノリ(・・)ってヤツじゃ!」

 二回宙返りはケントと初めてバトルした時に偶然できた技だが、アムはあの時の歓声を身体で覚えていた。

「エアプレーンに二回宙・・・バケモノか!」
 ジンはショックを隠せないでいる。
 隣のユーリは、ふと思った。
「まさかケントのヤツ、アムのために・・・?
 いや、それは考えすぎか。」

 ※

「お疲れさまっス! 第1ムーブと第2ムーブを終えて、総合順位はジン、アム、ユーリ、ケントの順。
 結局、予選一位を獲得したのは、ジンでしたーーー!」

 司会進行役の生徒が興奮した口調で叫ぶと、割れんばかりの拍手が会場を包む。
 だが、戸惑う声も少なくなかった。大方の予想は的中していたものの、転校生がコピーダンスで三強に牙を剥くなど、学園が始まって以来の珍事中の珍事だったのだ。

 賭けでもしていたのか、一部の生徒たちはホクホクした笑顔だが、残る生徒たちは恨めし気な表情で帰りの足取りも重い。 

 力を解放したアムは、生まれて初めての感覚に興奮が止まらなかった。
「こんなにダンスが面白いなんて・・・!」

 ちぃくんを探すための手段としてしか見ていなかったダンスが、アムの中でその存在感を強めている。
「もっと、もっと踊りたいぞ!」

 尻尾が出ていたらブンブンとちぎれんばかりに振り回しているところだ。

「お疲れ。」
 足に包帯を巻いたケントがヒョコヒョコと誰もいなくなったステージに残るアムの側まで歩いてきた。
「約束、果たしに来たぜ。」

「おお!」
 アムがハッとしてケントの首を指さした。
「ホクロ!」
「自分の首なんてちゃんと見たことなんてないから、なくても怒るなよ。」
「アッ、ケントは期待していないからだいじょうぶじゃ。」
「お・ま・え・な~!」

「俺も見せなきゃダメか?」
 その場に残っていたユーリも、怪訝な顔でアムとケントの顔色をうかがう。

「だな!」
「モチロン。勝負の掟はゼッタイじゃ!」

 ユーリはうなだれると、勢いよく学ランの上衣とパーカーをその場で脱ぎ、裸になった。
 ケントも特攻服を脱ぎ捨てると、裸にサラシを巻いた上半身をさらけ出す。

「⁉」
 アムは目を見開いて驚いた。
「毛が・・・ない⁇」

 ニンゲンの服の下がツルツルなことを初めて見たアム。
 驚愕の事実は狸の学会で論文を出せるほどのスクープだと思う。
 いや、今はそれどころではない。その首筋に目をこらしてよく見ると・・・。

「あった!」
 ケントの首に、黒いホクロが!
 それから、隣のユーリに視線を移す。

「こっちにもあった!」
 ユーリの首にも、小さいけどあった!

「と、いうことは?」

 アムが首を傾げていると、エナジードリンクを買って来たジンが上半身裸のケントとユーリを見て、驚いた顔をした。
「暑いから脱いでんの? 分かる―。じゃ、俺も!」

 スルッと無防備にスウエットを脱いだジンの首に、三対の視線が釘付けになった。
 みんなに凝視されてようやく事の重大さに気がついたジンが、首を押さえてたじろいだ。
「ヤバ! 俺、勝ったのに、アムの前で脱いじゃったじゃん!」

「ジンの首にもホクロがある・・・!」
 アムが震えながらジンを指さすと、ケントとユーリの首筋を見たジンは、両手で二人を指さした。
「ってことは、ケントとユーリにも? エッモ!」

 ケントはムスッとしながら耳のピアスを指でつまんだ。
「クソ、俺だけじゃないのか。」

「つまり、アムの人探しが振り出しに戻ったってこと?」
 ユーリが眼鏡の奥から、気の毒そうにアムを見ると、アムは髪をワシャワシャとかき乱して発狂した。

「いったい、誰がちぃくんなのじゃーーー⁉」 
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