たれ耳うさぎの伯爵令嬢は、王宮魔術師様のお気に入り
16.永遠
卒業パーティーが終わって、一季咲きのオールドローズが咲くジューンブライドの季節が訪れた。
大聖堂のステンドグラスからやわらかな彩りの明かりが差し込み、パイプオルガンは重厚な音色を響かせる。 純白のウエディングドレスに身を包んだわたしは深紅のバージンロードを愛しい人に向かってお父様と歩いていく。
わたしを見つめるアレックス様は、繊細な刺繍が施された紫色のローブと、白地に金の模様の王宮魔術師の正装を身にまとっている。
やわらかく目を細めたアレックス様にエスコートされて祭壇の前に立つ。永遠の愛を神父様の前で誓いあうと、アレックス様がわたしに近づいてベールをあげた。
「ソフィー」
わたしの名前を呼ぶ甘い声にアレックス様と見つめあう。ゆっくり差し出される大きな手のひらに手を重ねる。
「僕のすべてをかけてソフィアを愛します」
「わたしのすべてでアレックス様を愛します」
誓いの言葉を言い終えると、重ねていた手のひらに熱が広がっていく。
「永遠の愛――…」
アレックス様が番魔術より遥かに難しい、ずっと一緒にいることのできる永遠の魔術を施したのがわかるとお父様や参列している人たちから大きなざわめきが広がった。
金色の煌めきが舞い上がり、虹色の光に包まれていく。重なりあう手でやさしく引き寄せられ見つめあう。金色の小鳥や赤色のりんごや色とりどりに光る花が次々と宙に浮かんで淡く消えると、アレックス様とわたしの薬指に赤い煌めく糸が結びついている。
「ソフィー、愛してる」
ベールアップされたわたしは、アレックス様の言葉でまぶたを落とすと、永遠の愛を誓う甘いキスを受けとめた。
たくさんの花に囲まれた心地のいいガーデンにアレックス様と寄り添って並ぶと風がそよそよ頬を撫でていく。大好きなアレックス様に見守られながらブーケトスをするために後ろ向きになって振り返る。
「それじゃあいくよ……っ!」
アレックス様と幼いころに一緒に見た空色と同じ青空に幸せのおすそ分けと呼ばれるブーケトスのブーケを投げると、きれいな放物線を描いてアンナ様の手にすぽっと収まり歓声が上がった。
アンナ様と隣にいたお兄様に笑って手を振ると、にっこり笑って応えてくれる。
ポミエス学園を首席で卒業したアンナ様は、アレックス様と同じ王宮魔術師となって働いている。
隣国で象獣人の皇子に迫られ自国に戻ってもライアン王子に熱烈にアプローチされたアンナ様は、おっとりした王宮薬術師のお兄様と話すのは、すごく癒されると言っていた。
アンナ様を困らせた象獣人の皇子といつの間にか隣国に留学していたライアン王子は、すっかり意気投合して隣国とポミエス王国の友好の架け橋になっている。
「ソフィア、本当にきれいよ」
「ソフィア、おめでとう!」
エミリーとクロエ、それに沢山の友人たちに囲まれて9回に増えていたお色直しをやりきって結婚式を無事に挙げることができた。
◇◇◇
疲れを癒すような湯浴みのあと、ふんわり香る林檎の花の香油を全身にすり込まれ、たれ耳も同じ匂いのするオイルで丹念にブラッシングを施される。
結婚式を終えて、今日の最後に着替えた10回目のお色直しはアレックス様だけに見せるため――…
夫婦の寝室の扉をゆっくりひらく。
バスローブ姿のアレックス様は、ゆったりソファで寛いでいた。
「ソフィー、すごくかわいいね」
やわらかく瞳を細めて見つめるアレックス様に心臓がどきどき高鳴る。
アレックス様から仲のいい婚約者から仲のいい夫婦になるには、はじめての夜に夫の色を身につけると教えてもらった。
身体に沿った透けるような薄い生地、胸もとにあるリボンをひとつほどけばすぐに脱げてしまいそうな黒色の光沢のある夜着は、すごく心もとなくて恥ずかしい。淡い黄色と金色の刺繍をたっぷり施した小花柄レースの羽織りもので薄い夜着が見えないように必死に前を重ね合わせる。
「こっちにおいで」
たれ耳をぷるぷる震わせて動けないわたしを見て、ふわりと笑ったアレックス様が膝裏に腕をまわして膝の上に乗せてくれた。薄い生地からわたしの体温が伝わってしまいそうで、どきどきが止まらない。
おずおずとアレックス様を窺えば、やわらかな瞳と見合う。
「緊張しているソフィーもかわいいね。夜は長いから、なにか飲もうか?」
「う、うん……」
わたしが返事をすると腰に縞模様の尻尾が巻きついて、すりすりゆれる。
アレックス様に手渡されたグラスから、こくんとひと口ふくむと華やかな香りが広がる。緊張した気持ちがほぐれるような甘さにこくこく飲んでしまう。
アレックス様が琥珀色のお酒をゆっくり傾ける仕草が色っぽくて思わず見惚れてしまった。
「ソフィー、ちょっと見すぎかな」
「っ! アレク様がお酒飲んでいるところ、はじめて見たから……大人っぽくてすごく格好いい……」
心の声がそのまま口からこぼれてしまうと広い胸にやさしく抱きよせられる。たれ耳に、ちゅ、ちゅ、とキスの雨が降り注いで、ふわふわな髪を何度も梳き撫でられていく。
「ああ、もう、本当にソフィーはかわいいね……」
グラスを引き抜かれ、ことり、とテーブルに置く音を合図についばむようなキスがはじまる。
ふれるようなキスと一緒に、かわいい、好きだよ、愛してる、と何度もささやくアレックス様に心がとろりと甘くなる。ぎゅっと握りしめていた羽織りものもアレックス様に手を絡めて繋がれると、肩からするりとすべり、かすかなきぬ擦れの音と一緒に床に落ちた。
「ソフィー、すごくきれいだよ――…」
アレックス様の瞳色を纏うわたしは、熱を帯びた黒眼に見つめられて体温が上がっていく。
アレックス様の熱い指が頬に沿ってあごを掬う。
まぶたをとじると体温を感じるようなやさしいキスから唇をやわらかく食むようなキスに変わっていく。
「んっ――…」
わずかにひらいた唇のすきまから大人の味と水音がまざりはじめると、いつもよりすごく熱くてアレックス様に縋りながら溺れてしまう。
とろんと力が抜けてアレックス様の首に腕をまわすと天蓋のあるベッドにやさしく運ばれた。
「ソフィー」
アレックス様の熱にゆらめく瞳に射抜かれる。掠れた低い声にアレックス様をうっとり見つめて、ちいさくうなずけば夜着のリボンがはらりとほどける音がして――…
こぼれる吐息もふれあう体温も止まない水音も、アレックス様のすべてが甘くて愛おしい。
2人で蕩けるように好きを確かめあいながら、はちみつみたいな甘いあまい海に溺れていく。アレックス様にわたしのすべてを捧げ、一緒に溶けあうはじめての夜をこえて、わたしはソフィア・ティーグレになった。
◇◇◇
あれから数えきれない甘い時間をアレックス様と過ごして変わったことがある。
「とらのようせいイーサンがおー。おかあさまのおねがいごとは、なにがおー?」
家督を譲られたアレックス様とわたしに、息子のイーサンが生まれた。
「わあ! 本当になんでもいいの?」
「もちろんがおー」
イーサンが、がおーのときに両手を出す様子がかわいすぎていつも胸を撃ち抜かれている。
ちょっと考えるふりをするとアレックス様にそっくりなイーサンの黒い瞳がきらきらして宝石みたいに輝くのがかわいい。
「虎の妖精さん、わたしに虎吸いをさせてくれる?」
「もちろんがおー」
「危ないよ、イーサン」
わたしに勢いよく抱きつこうとしたイーサンをアレックス様が縞模様の尻尾で巻きつけた。
「イーサン、お母様のお腹にはイーサンの弟か妹がいるからやさしくね」
「おとうさま、おかあさま、ごめんなさいがおー」
わたしはイーサンをゆっくり抱きしめてアレックス様とそっくりな丸い耳を撫でる。赤ちゃんの頃はミルクの匂いがしたイーサンも今は日向の匂いがしている。
もふもふの耳をやさしく撫でながらイーサンの虎吸いをしていたらすっかり眠ってしまったので、アレックス様に抱っこを交代してもらった。
「ソフィーは、ほかの男にすっかり夢中だね」
「えっ、イーサンは、アレクとの宝物だから――…」
「うん、そうだね。それでも妬けるよ」
指切りげんまんの約束通り、はじめての夜を過ごしてからアレックス様のことは2人になるとアレクと呼ぶようになったけど、うっかり『様』をつけてしまうとお仕置きのキスが降り注ぐ。
アレックス様は、黒色の瞳を甘く細めるとイーサンを抱っこしていない手でわたしをそっと抱きよせる。
「ソフィー、お腹の子が女の子で僕が夢中になったらどうする?」
「えっ」
びっくりしたわたしの口からは間の抜けた声が漏れる。その言葉を理解するより先に、たれ耳をアレックス様にぐりぐり押し付ける。
「ソフィー、どうしたの?」
「あっ、えっと、わたしの大好きな格好いい旦那さまのお気に入りのたれ耳を好きなだけ、いっぱいうさぎ吸いしてもらおうと思って……う、うう、大好きなアレクにわたしのこと、ずっと好きでいてほしいから――…」
お腹の子にやきもちを妬いたのが恥ずかしくて、おずおず窺うようにアレックス様の顔を見つめれば、嬉しそうにふわりと笑われた。
たれ耳をぺろりとめくられて。
「ソフィー、ずっとずっと愛しているよ」
たれ耳を甘やかすようにやさしく撫でて、甘いリップ音をたれ耳に落としたアレックス様と見つめあうと、胸がいっぱいになって、どうしようもなく好きが溢れてしまう。
「アレク、わたしも愛してる――…」
アレックス様の甘い甘いキスに蕩けながら、これから先も続いていく幸せな未来を想って、わたしはアレックス様のお気に入りのたれ耳をぷるぷる震わせた――。
おしまい