たれ耳うさぎの伯爵令嬢は、王宮魔術師様のお気に入り
ぼくの秘密(息子イーサン視点)
さわやかな朝日でぱっちり目覚めた。
着替えさせてもらって、長い廊下をてててっと走っていると、お父さまもぼくのところにむかってきていた。
「お父さま、おはよう」
「イーサンおはよう。ちゃんと早起きして偉いね」
「うんっ! 早起きできるように、いつもより早く寝たんだよ」
お父さまの大きな手で髪をわしゃわしゃされて、褒めてもらうとすごく嬉しくて、えっへんと胸を張った。しましましっぽもゆらゆらしちゃう。
「お母さまは、まだ寝てる?」
「そうだね、今日はお昼くらいまで寝ていると思うよ」
「やったあ! じゃあ、いっぱい魔術であそべるね!」
返事の代わりにお父さまは笑いながら、ひょいっと肩車してくれた。
お父さまはポミエス王国の筆頭魔術師として働いている。ものすごく格好いい。
「――結界」
お父さまが魔術を唱える。 手の中から光が空に上がって大きく広がっていき、きらきらした金色の粒が空から地面まで届く。ぼくとお父さまは、大きな大きな金色のボウルの中にいるみたいになった。
最後に、ぴかっと光ると金色は透明になって、いつものお庭に戻ったみたいになる。
「うん、これで大きな音がしても大丈夫だよ」
魔術で遊ぶと大きな音がなる。お母さまがびっくりしてお耳がぷるぷるしないように、お父さまがいつもお庭に結界の魔術をかけているんだ。
お父さまは、お母さまが大好きだからね。
「イーサン、まずは的当てして遊ぼうか?」
「うん! いくよっ! 水剣」
お父さまが魔術で出した炎を見るとわくわくして、しましましっぽが地面をタシタシっとたたく音がする。
炎を見ながら水の魔術を唱える。水色のきらきらが手に集まってくる。
えいって炎に向かって投げると、じゅわ、って炎に水が食べられるけど、諦めないで炎の真ん中を狙って水の剣を投げつける。じゅわわ、と音を立てて消えた。
「イーサン、すごくうまくなったね」
「お父さま、本当?」
「うん、本当だよ。魔力のコントロールがすごくよくなってるよ」
「やったー!」
両手をあげてジャンプしたら、お父さまがにっこり笑って金色の髪をくしゃりとなでてくれた。ぼくは嬉しくて、しましましっぽをゆらゆらさせてしまう。
「イーサン、すこし休んだらまた遊ぼうか?」
「うんっ!」
お父さまとぼくの大好きなローストビーフのサンドイッチをがぶりとかじる。たくさん魔力を使ってお腹がぺこぺこだったから、あっという間に食べちゃった。お母さまに食べさせてもらったほうが美味しいなあ。
「イーサンは魔術が好きなの?」
「うんっ! ぼくもお父さまみたいなりっぱな王宮魔術師になりたいんだ!」
「それは今から頼もしいね。僕がイーサンくらいのときは、魔術はひとつも使えなかったよ」
「ええっ?! ほ、本当に……?」
お父さまが魔術をひとつも使えなかったなんて、びっくりして目がまん丸になる。
「うん、本当だよ。魔術はね、ソフィアと出会って、ソフィアを守りたいって思ったから真剣に勉強をはじめたんだよ――王宮魔術師はポミエス王国の結界を張るのが1番の役目だからね」
「お母さまのために……?」
ぼくは丸くなった目をぱちぱちさせた。
「うん、そうだよ。それに僕が筆頭魔術師になれたのはソフィアのおかげなんだよ」
「えっ、どういうこと?」
「結婚する前にソフィアをすごく怒らせて、口も聞いてもらえないことがあってね……。結婚してもらえないかもしれなかったんだよ――…」
「えっ?」
お父さまがぼくとおそろいのしましましっぽを地面にぺたんと落として、はあ、と大きなため息をついてうなだれていく。
いつもにこにこしているお母さまがそんなに怒るなんて、お父さまはなにをしたんだろう? お母さまが怒るところなんて全然想像できないのに。
「ソフィアに嫌われて、ソフィアなしで生きていくのは無理だなって思ったから闇の魔王を召喚して世界を滅ぼそうと召喚の魔術の準備をしたんだ」
「ええっ? それ、ほ、本当なの……?」
びっくりしすぎて、目がまん丸のくりくりになった。
「うん、本当だよ……。だけど、ソフィアがたれ耳を震わせてこわくて泣くところを想像したら、そちらの方が耐えられなくて、ポミエス王国の結界を同じ魔力で2倍の強さにして僕がいなくても守ってあげられるようにしたんだよ」
「お母さま、すぐ泣いちゃうもんね」
「うん、そこもかわいいけどね。結界を強くしたあと、断られるかもしれないけどソフィアにプロポーズしたんだよ――その時の結界魔術を認められて僕は筆頭魔術師になったんだよ」
「お母さま、結界のことをぷるぷるしてよろこんだ?」
お母さまは嬉しくなると、お耳がぷるぷるしてかわいいんだ。
「ううん、ソフィアはこのことは知らないよ」
「えっ、なんで?」
「好きな子には格好いいところだけを見せたいからね――イーサン、これは男同士の秘密だよ」
「うんっ!」
お父さまの大きな手がわしわしとお耳をなでる。
ぼくもお母さまに「すごいね」って言ってもらうのが大好きだけど、失敗しているところは見せたくない。お父さまも一緒なんだと思ったら嬉しくなった。
「そろそろ休憩はおしまいにして、次は鬼ごっこしようか」
「うんっ!」
「捕まえるのは鳥にしようかな――鷹」
お父さまが手をかざして幻影の魔術を唱える。すぐに金色に光る鷹が三羽現れる。鬼ごっこは、すごくわくわくする。しましましっぽがバシバシっと地面をたたく。
「拘束」
拘束の魔術を唱えて、光る鷹に向かって手を伸ばす。
赤色に光る粉がぼくと魔術の鷹のあいだを鎖で捕まえようきらきら輝くけど、鷹はするりと逃げてぼくの魔術が消えた。
「イーサン、動きをよく見てどちらに飛ぶのか予想してごらん」
「うんっ! 行けっ、拘束」
もう1回、光る鷹に手を向ける。
翼の動きをよく見ながら赤色にぎらぎら光る鎖を飛ばす。鷹をぎゅっと鎖に巻きつけて捕まえると、しゅううと音をあげながら煙になって光る鷹は消えていく。
「やった!」
「すごいね、イーサン。残り2羽もやってごらん」
残り2羽は、何度もするりと逃げられたけど最後は全部捕まえたからぼくの勝ちだった。
「わあ、イーサンすごいね! 上手だね!」
「お母さま……っ!」
お母さまのやさしい声がして、ぼくは大きく手としましましっぽを振った。
「消去」
お父さまが結界を無くす。ぼくは、お母さまにぎゅっと抱きつく。やさしい手がお耳や髪をよしよしなでてくれるから嬉しくなる。
お父さまも好きだけど、お母さまは大好きなんだ。
3人でお昼ごはんを食べたらすごくすごくおいしくて、でもすごくすごく眠たくなってきて……。
「イーサン、すこしお昼寝するといいよ」
「う、ん……」
お父さまのやさしい声がする。お母さまにやさしく髪をなでられて、まぶたがとろんと重たくてひっついていった――
「お母さまーーっ!」
「イーサン、よく寝ていたね」
「うんっ! あれ、お母さま、またドレスを着替えたの?」
「えっ、あっ、う、うん……」
お父さまのお膝の上で、お母さまのお耳がぷるぷるしていてかわいい。
お父さまはお母さまが大好きだから、お休みの日はいつもお膝の上に乗せている。お父さまがお仕事の日は、お母さまのお膝の上の特等席はぼくの場所なんだけど、お休みの日はお父さまにゆずってあげているんだ。
お母さまはやさしい黄色のドレスが空色のドレスに変わっていて、髪型もちがっている。
お父さまがいる日、ぼくがお昼寝して起きるとお母さまのドレスはいつも変わる。きっとお母さまはお父さまのためにおしゃれをがんばっているんだと思う。
「お母さまは、お父さまが大好きなんだね」
ぼくがにっこり笑って言ったら、お母さまはお顔をりんごみたいに真っ赤にして、お耳をぷるぷるさせながらこくんってうなずいた。
「僕も大好きだよ、ソフィー」
「ぼくもお母さまが大好きだよ」
お父さまが嬉しそうにお母さまのお耳をなでて、ちゅうをする。ぼくもお母さまにちゅう、をしたくて飛びついた。
お父さまとぼくで、ちゅうをいっぱいするとお母さまのお耳がどんどんぷるぷるしていって、すごくかわいいんだ。
ぼくもお母さまみたいなお耳がぷるぷるするかわいい子と大きくなったら結婚したいなって思っているのは――ぼくだけの秘密だよ。
おしまい