ありふれたわたしは見る花を探す

「一香」

洸陽は夜中までかかる撮影の休憩中、ふと思い立って、近くの公園で発生練習をするため歩いて向かうことにした。
スタッフと演者、マネージャーに声を掛けて少し1人になった。
一帯は撮影のため封鎖しているので、その中は自由に歩くことができる。
車道も封鎖したんだな、と車の一台も通らない様子を歩道を歩きながらしみじみ感じる。
恐らく、洸陽が出ないシーンで使われるのだろう。
洸陽はゲスト出演で、5分程度しか出ない。
しかし、流れ上6時間も拘束されることになった。
無理を言って権利をもぎ取ったのはこちらなのでしょうがない。
でもまさか、こんな恰好をするとは思わなかった。
洸陽は胸パッドに紫の付け髪、黒のワンピースを着用し、どこぞのパーティに行くかのような派手なメイクをしている。
ありていに言えば、女装だ。
周りを魅了する、謎の美魔女役。ださい、と言ってはいけない。
元々派手な顔だから、主張の激しさはまるで怒っているようにも、妖艶にも見える…と感じさせることが演出家の言い分らしく、ゲストである洸陽は了承しかない。

似合っているのはいいが、女優みたい、と囲まれるのは苦手だ。
かっこいい、と言われたくていろいろ頑張っているのに。
洸陽の新たな魅力だと考えればなきにしもあらずか。
いやいや、でもな。
風で髪がたなびき、視界にしばしば邪魔をして、少しだけ腹が立った。

公園に着くと、そこは土しかない、空き地のような土地で、もちろん人はおろか痕跡も見つからない。
入り口も適当なネットの穴をくぐり、崩れそうな階段を下って入る。
ここは公園というか、ただのグラウンドだろう。
ネットが一周覆っている。
一通り一周してみよう、と割と手入れされたグラウンドを踏み締め、早歩きで進む。
半周ほど進んだ所で、あれ、と気がつく。
ネットの後ろはびっしりと木で覆われていて、民家か林かと思っていたが、隙間から芝生が見える。
かなり広い。
もしかして、公園というのはこちらかも知れない。
また入り口をくぐり、その奥に向かうと、あった。
ネットとの境が木で隠されていたことや、芝生の広さに比べて入り口が狭く見えるので、気づかなかった。
きっとこちらが本当の公園だ。 
進むと、少し変わった形をしていて、前と右側に芝生が広がっていた。
時間はまだまだあるが、汗はかけないので、とりあえずまだ一周歩いてみることにした。
芝生は思ったより手入れされているようで、ふかふかとしていた。
…が、洸陽はすぐに足を止めてしまった。
何かが、いる。
人のような、なにか。
誰もいないはずなのに、どうして。

ピンクの上着に、シルク色のスカート。
女の人のように見える、そいつは、力無く倒れている。

…怖い。この猛烈な違和感。
この人は…誰だ?
こんな人、演者にいただろうか。エキストラで一瞬参加した人なのかも知れない。
兎に角、声はかけなくては。
…ドッキリかも知れないから。
小走りに心配そうな表情を浮かべ、駆け寄る。

「大丈夫っすか!意識はありますか!」
「…」
「俺の声が聞こえたら、どこかの指を曲げてもらえますか!」
「…」
身体にも触れているが、反応はない。
しかし、人だとは分かった。温かい。
「あの、少し失礼しますね…」
手のひらを額に乗せ、熱を確認したが、普通だ。
脈も、平常ということは、この次何をすればいいのか。

この要救護者は。
この反応のなさを見て、本当にどこかから紛れこんだ住民だったらどうしようという焦りが来る。
でも、どうして倒れているのか。
だって、彼女は健康に見える。
あ、もしかして…
鼻に耳を寄せてみると、すうー、すうー、と規則的な呼吸。

ああ、これは、寝ている。
いや、困惑は再び来た。
間違えて来る、なんてことあるわけがない。
…とりあえず、救護スタッフ呼ぼう。
スマホを取り出し、彼女から少し離れて電話をする。
「すみません。あ、どうも、洸陽です。夕陽役の。」
「あらあ、どうも。どうしたの、何があったの」
「少し不思議なことが起きて。知らない人が公園の芝生の方のスペースで寝ているので、電話しました」 
なるべくはっきり、しっかり、伝えたいのだが、いまいちこの状況を理論整然と表す言葉は見つからず、そのまま話すことにした。
「…はあ?…ちょっと要領を得ないのだけれど、こっちに電話するのだから、そちらに向かえばいい、のよね」
「はい。お願いします。毛布等があったら尚良いのですが」
「そうなのね、用意するわ」
「すみません、お願いします」
わずか30秒で担架を持ってきたスタッフが5人ほど来た。
「あ、どうもーーうわ、誰ですかその人!」
「彼女です。倒れていますが、おそらく眠っているのだと思います」
「やば、大丈夫か?何があるかわかんねーしな、一応目が覚めないみたいだったら病院運ぶか」
「ちょっと、その子の足持って。自分背中と頭支えて持ち上げますよ」
「ああ、はい。」
近くにいた洸陽が足を支えて担架に乗せると、彼女が少女のように見えた。
スタッフの恋太さんもその子と呼んでいるし、おそらく15、6だと目星を付ける。
「じゃあ、持ち上げますよー、いち、に、さん、はい!」
「あ、軽くて運びやすいですねー」
「本当、足も細いですね」
「いやー、これ、現場になんて報告します?なんて言うのがベストですか。なんだこれ」
恋太さんが言いたい事を言ってくれた。
洸陽も第一発見者としてどう報告すべきか。
さっさと彼女、起きてくれないものか。
さすがに大勢で、貸し切っていても車道を歩く程ではない。
担架を支える洸陽と恋太は歩道を転ばないよう進む。
「今救護者入りまーす、失礼しますーーあ、申し訳ありません」
「すみませーん」
洸陽も周りに謝りつつ、進む。
「おいおい、大丈夫か」
「なにかあったんですか」
洸陽としてはかなりの一大事だが、ふわふわとした話すぎてどうこの怪しさ、深刻さを話すべきか、わからず、ううん、と首を捻る。
「外傷はありません。きっと大丈夫だとは思うのですが、念のため」
「あ、そうなんですね」
わらわらと人が集まり、すぐにほどけたので、すぐに簡易の医療コーナーに彼女を寝かせることができた。
「起きませんね…」
しばらく見守ることにしたのだが、10分、20分、30分経っても起きる気配はなかった。
毛布を掛けたことによりより快適になったのかも知れない。

「そろそろ、他の業務に参加しますね。洸陽さんはこちらにいますか」
「はい、次の出番まではここにいます」
「わかりました!」
恋太はぺこり、と一瞬礼をして小走りに去る。
「あの…」
「あれ、なんか今言いまし、た…うわああ、起きた!」
戸惑ってただ悲鳴を出した洸陽だったが、周りはやっとか、と応じる。
待ちくたびれてしまったのだ。
「あの…」
同じ言葉を言った彼女は、なにもかもわからない様子だった。
「すみません、立ち入り禁止のところで寝ていたようなので、こちらで移動しました」
端的に洸陽が伝えると、彼女の顔は真っ青になった後、真っ赤になった。
「ひ…」
彼女はとても綺麗な人だった。
なにもしなくても説得力のありそうな印象的なモスグリーンの目をしていた。
唇は優しげで、笑うのが似合うタイプだろう。
向き合ってみると、周りを圧倒するほどだった。
「うわ…」
いつの間にかいたマネージャーが呟く。
「すみません!失礼いたします!!誠にご迷惑をお掛け致しました!」
彼女は腹筋で素早く立ち上がると、一目散に逃げようとした。
「ごめん、ちょっと待ってもらえませんか!私、one Der社の三月と言いまして、今丁度こちらで撮影しているんですが、俳優とか、演技、モデルなど興味ありませんか」
しかし、マネージャーが素早く横に並ぶと名刺と名札を掲げた。
「ありません!!」
なぜか目を丸くすると目尻に力を入れてきっぱりと言った。
彼女は透明な暖かい声色でうえ、音量も小さかったので、全く迫力はなかった。
「であ!」
では、と言いたかったんだろう。
その勢いのまま、猛烈なスピードで駆け抜けていった。

「あの子大丈夫?」
「つーか、誰?」
あの子の正体を知る者は全くいない訳ではないわけではないわけではなかった。
また、洸陽を始めとするスタッフの戸惑いは解決されなかった。
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