いい夫婦の日
アキヒコは、ミツキと話をしていたら、「ああ、オレは、無趣味だ」と気が付いた。反対に、ミツキは、趣味が多いと分かる。

 世間では、岡田将生と高畑充希が、結婚するとあった。

 そして、少しだけよく目を凝らしてみたら、ミツキは、女優の高畑充希よろしくショートカットで、小柄で、目元も似ていると言える。

 そうだ、出身地の話をしよう。

「オレさ、出身って、関東で、横浜市だけど、フジムラさんは、出身は、どこ?」

「私、関西です」

「関西のどこ?」

「大阪府東大阪市です」

 どこかで、聞いた地名だ。

 作家の司馬遼太郎の博物館が、あったのは、アキヒコは知っている。一度だけ、行ったことが、あった。

 また、田辺聖子の博物館もあったと記憶している。

 田辺聖子は、博物館へ行ったその数日後、田辺聖子も亡くなった。

「女優の高畑充希さんとかゆうちゃみさんと同じ地元になります」

 いや、この顔で、この声で、大阪弁で話をするのだろうか?

「フジサカさんは、関西弁を話すの?」

「はい、大学を卒業するまでは、ずっと、関西弁でしたよ」

「全然、大阪とか関西のノリが見えないなぁ」

「いや、大阪のイメージと言えば、お笑いとか阪神タイガースですけど、みんな、大阪の人が、そんなにお笑いのセンスもあるわけでないですし、阪神タイガースのファンとも限りませんよ」

「そうだよな、東京の人だって、みんなが、読売巨人軍のファンとも限らんしね」

 少し、とんかつ屋で、一服して、会計を払って、外を歩いた。

 今日も、寒いなぁと思った。

 そして、ミツキは、今だって、東京の言葉でそのまま話をしている。そして、関西弁特有の「なんでやねん!」とか「ほんまに」とか「ええで」なんて今も使う姿をイメージできない。

 ただ、何年か前に、NHKドラマで、『夫婦善哉』が放映されていた。あれは、2012年頃だったか。主演は、尾野真千子と森山未來だったか。『夫婦善哉』とは、織田作之助という昭和の初めの大阪の作家が、作った話だ。

 尾野真千子の美貌と裏腹に、あんな関西弁は、どすが利いて、怖いとも思うが、一方で「あんなに関西弁を使ったらどうだろうか」と憧れもあった。

 ただ、アキヒコは、基本的に、横浜生まれで、ずっと長いこと、東京とか横浜を行き来して、殆ど、付き合った女性は、東京とか横浜の女性が多かった。しかし、長続きしないどころか、趣味すら合わなかった。

 アキヒコは、会社に帰って、ミツキと二人で、仕事をした。

 今度の打ち合わせ、取材の準備をしていた。

 それでも、上手く行かないことがあり、ドタキャンで、モデルさんが、来なくなるとか、歌手の女の子が「女の子の日」で、来れないなんてあった。

 今度、さっぽろゆきえ、というグラビアアイドルの取材があると聞いて、打ち合わせを、メールでして帰ろうとした。

 ただ、アキヒコは、諺で「東男に京女」なんてあるのだが、あれは、本当だろうか?と思った。

 夜の8時になっている。

 オフィスを出て、二人で、京急品川駅まで向かった。

 年々、年を取ると時間が早く過ぎて行くと感じる。

「フジサカさん」

「はい」

「私ね」

「はい」

「何度も何度も、モデルのオーディションを受けたり、歌手のオーディションを受けたのですが、ダメだったんです」

「へぇ」

「だけど、フジサカさんは、この間、テレビを観ましたよ」

 と笑顔で、ミツキは、言った。

「え?」

「男前だなぁって。私、この人を守っていきたいなぁとか思って」

 ミツキは、アキヒコのことを、子供のようにあやすように言った。

 そこには、恋愛感情はなかったけど、どこか、守りたい息子みたいな感じだ。

 その時、アキヒコは、怒った。

「守ってもらいたくない」

 と言った。

「フジサカさん」

 まだ、声は小さかった。

「何?」

「そんなつもりで言ったわけではないんです」

「良いよ」

 と言った。

 その時だった。

 京急品川駅に着いたとき、改札口へ向かおうとしたら、目の前の会社員風の男性にぶつかった。

「おい、痛てぇーよ」

「うっさいなー」

 とアキヒコは、怒った。

「おい、お前、待てよ」

 と、ぶつけられた会社員の男性は、さらに甲高い声で怒鳴った。

「何か言ったらどうだ?」

「何だと!」

「謝ることができねーのか!」

 とぶつけられた男性は、怒っている。

 アキヒコは、さっき、イライラしていたのだが、素直に謝ることができないと思った。

 困った、どうしよう、こんな時に、と思った。

「なあ、お兄ちゃん」

「何だ?」

「おまえ、ええかげんにしいや」

 とミツキは、睨んだ。

「何だ、この女」

 と言って、逃げて行った。

「ごめんな」

「いや、良いですよ」

 その時、思った。

 2013年に、NHK連続テレビ小説『ごちそうさん』にも、高畑充希が、出ていたのを思い出した。あのドラマは、大阪が舞台だった。アキヒコは、高畑充希が、出ているドラマはチェックしているのだから。

 そして、アキヒコは、今、ドラマや映画のワンシーンを少しずつ乗り越えようとしていた。
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