この想いの名前を僕たちはまだ知らない
11、千代さん
「なぁ、ミラちゃん。私がリアムに会ってるとこ、千代さんに見られてしもうたかもしれん……」
ある小雨の夕方。
夏菜子ちゃんは家に帰って来た途端、手も洗わずに、裏でヤギのえさやりをしていた私をめがけ走ってきて、こう言った。
「……えっ!?」
「正確には私とリアムが会っているとこは見られとらん。千代さんが後をつけて来ているのが分かったから、今日はリアムに会わないで風呂敷をお社の中に置いてきた。だけど、お社の中に置いたお供え物が明日なくなっとったら怪しむやろ?どうしよう……」
夏菜子ちゃんはそう言うと土間に座り込んで半べそをかいた。
「夏菜子ちゃん……」
私はヤギの頭を撫でながら短い間、様々な打破策を模索した。そして、
「分かった。夏菜子ちゃん。明日、私が千代さんにそれとなく探りをいれとくね。そしてお社には近づかない方がいいって言ってみる」
私は土間に座り込んでしまった夏菜子ちゃんの手を引き、立ち上がらせると再びヤギの乳絞りを始めた。
ビュー ビュー ビュー
もうすぐハナちゃんのお母さんがヤギの乳を貰いに来る時間だ。
私は手を動かしながら策を考えていると、妙案が浮かんだので明日、千代さんを説得する取っておき方法の準備を始めた。
*
次の日の昼休み。
今日も夏菜子ちゃんの周りには黒山の人だかりが出来ていた。
その様子を千代さんはいつも通り、少し離れた木陰から睨みつけている。
「隣いいですか?」
「えっ!?」
私は一人、離れ小島に座る千代さんの後ろから話しかけた。
「隣いいですか?」
「どうぞ。どこが、誰の場所かなんか決まっとらんだから好きにしたらええ」
カパッ
そう言うと千代さんは忙しそうに朱色の漆の弁当箱を開いた。
弁当箱の中にはおにぎり、ホウレン草のお浸し、梅干しそれに鳥団子が2つ入っていた。
中々、豪華な弁当だ。
千代さんは、私が弁当箱を覗き込んでいることに気づくと、
「なんね。早う自分の弁当を食べなさい。“腹が減っては戦が出来ぬ”ってゆうやろ!!」
そう言うと千代さんは、大きめな鳥団子を一口で口の中へとほおりこんだ。
「ふふっ。何だか千代さんって先生みたい……」
私は千代さんの強く優しい口調に思わず、副担任の若先生の面影を見た気がして、笑った。
「……。あんね、私はこないだまで師範学校に通ってたんよ。今は休学中なだけ。あと1年早く生まれて学校に通とったら、卒業を前倒しで臨時雇用されて今頃、先生として給与も出とたんよ。あんたらお子さまらと同じにしないで!!」
千代さんはそう言うと頬を少し紅らめ、おむすびを食べ始めた。
私も笹に巻いたおむすびと小さな竹細工の箱に入った佃煮を膝に乗せた。
「……。なんね。佃煮……」
千代さんはそう言って私の弁当箱を横目で見ると、おむすび食べる手を止めた。
「そうですよ。夏菜子ちゃんのおばあちゃんの得意料理です。一匹いかがですか?」
私は千代さんの前に佃煮を差し出した。
「佃煮なんてババ臭いもの私は嫌いよ……」
千代さんはそう言うと私に背を向けた。
「……私は嫌いだけど、お兄様は大好きだった。いつもお兄様の弁当にはお母様の作った佃煮が入っとった……」
千代さんはそう言うと私に背を向けたまま、一筋の温かい涙を流した。
「最近はな、お母様がお勝手に立てんから、料理人が全部夕飯を作るんよ。私が好きな薄味の物を……。跡取りを亡くしたお母様の気持ちを考えるとお兄様の好物はもう二度と家の食卓には並ばんのよ……」
そう言い千代さんは箸を握りしめ、俯くと目に涙を溜めた。
千代さんの話に私も思わず貰い泣きをする。
「湿ったい話は、終わり。こんな話あんたさんに話しても、しょうもないな。早よ食べ」
千代さんはそう言うと何かに取り憑かれたように2段のお弁当ペロリと平らげた。そして、
「佃煮ごちそうさま。美味しかった……。あと、夏菜子さんに体大事にしにゃぁいかんよって伝えて……」
千代さんは、そう言うと急いで立ち上がり、脚を引きずりながら足早で室内プールへと戻っていった。
千代さんは普段ブーツを履いているから、昨日あの小山の石段を登った時に脚を痛めたのだろう。
大切にしているブーツを引きずり跡を残すくらい脚を引きずっているようでは、重症だ。
それでも今日、彼女は弱音を吐かず勤労奉仕にやって来た。
「あ……!?」
千代さんの足に気を取られ、気がつくと私の弁当箱から佃煮は一匹もいなくなり、代わりに大きな鳥団子が1つ置かれていた。
(ヤバい。千代さんの身の上話聞いていたら、お社に近づかないように説得し損ねた……あーぁ……。でも、まっ、いいか。あの脚じゃぁ、とりあえず、しばらくは山を登れないだろうし……)
あの日の私は青い空の下、一人弁当を食べながら昨日徹夜で考えた怪談話を披露する機会を逃した悔しさを噛み締めていたのだった。
ある小雨の夕方。
夏菜子ちゃんは家に帰って来た途端、手も洗わずに、裏でヤギのえさやりをしていた私をめがけ走ってきて、こう言った。
「……えっ!?」
「正確には私とリアムが会っているとこは見られとらん。千代さんが後をつけて来ているのが分かったから、今日はリアムに会わないで風呂敷をお社の中に置いてきた。だけど、お社の中に置いたお供え物が明日なくなっとったら怪しむやろ?どうしよう……」
夏菜子ちゃんはそう言うと土間に座り込んで半べそをかいた。
「夏菜子ちゃん……」
私はヤギの頭を撫でながら短い間、様々な打破策を模索した。そして、
「分かった。夏菜子ちゃん。明日、私が千代さんにそれとなく探りをいれとくね。そしてお社には近づかない方がいいって言ってみる」
私は土間に座り込んでしまった夏菜子ちゃんの手を引き、立ち上がらせると再びヤギの乳絞りを始めた。
ビュー ビュー ビュー
もうすぐハナちゃんのお母さんがヤギの乳を貰いに来る時間だ。
私は手を動かしながら策を考えていると、妙案が浮かんだので明日、千代さんを説得する取っておき方法の準備を始めた。
*
次の日の昼休み。
今日も夏菜子ちゃんの周りには黒山の人だかりが出来ていた。
その様子を千代さんはいつも通り、少し離れた木陰から睨みつけている。
「隣いいですか?」
「えっ!?」
私は一人、離れ小島に座る千代さんの後ろから話しかけた。
「隣いいですか?」
「どうぞ。どこが、誰の場所かなんか決まっとらんだから好きにしたらええ」
カパッ
そう言うと千代さんは忙しそうに朱色の漆の弁当箱を開いた。
弁当箱の中にはおにぎり、ホウレン草のお浸し、梅干しそれに鳥団子が2つ入っていた。
中々、豪華な弁当だ。
千代さんは、私が弁当箱を覗き込んでいることに気づくと、
「なんね。早う自分の弁当を食べなさい。“腹が減っては戦が出来ぬ”ってゆうやろ!!」
そう言うと千代さんは、大きめな鳥団子を一口で口の中へとほおりこんだ。
「ふふっ。何だか千代さんって先生みたい……」
私は千代さんの強く優しい口調に思わず、副担任の若先生の面影を見た気がして、笑った。
「……。あんね、私はこないだまで師範学校に通ってたんよ。今は休学中なだけ。あと1年早く生まれて学校に通とったら、卒業を前倒しで臨時雇用されて今頃、先生として給与も出とたんよ。あんたらお子さまらと同じにしないで!!」
千代さんはそう言うと頬を少し紅らめ、おむすびを食べ始めた。
私も笹に巻いたおむすびと小さな竹細工の箱に入った佃煮を膝に乗せた。
「……。なんね。佃煮……」
千代さんはそう言って私の弁当箱を横目で見ると、おむすび食べる手を止めた。
「そうですよ。夏菜子ちゃんのおばあちゃんの得意料理です。一匹いかがですか?」
私は千代さんの前に佃煮を差し出した。
「佃煮なんてババ臭いもの私は嫌いよ……」
千代さんはそう言うと私に背を向けた。
「……私は嫌いだけど、お兄様は大好きだった。いつもお兄様の弁当にはお母様の作った佃煮が入っとった……」
千代さんはそう言うと私に背を向けたまま、一筋の温かい涙を流した。
「最近はな、お母様がお勝手に立てんから、料理人が全部夕飯を作るんよ。私が好きな薄味の物を……。跡取りを亡くしたお母様の気持ちを考えるとお兄様の好物はもう二度と家の食卓には並ばんのよ……」
そう言い千代さんは箸を握りしめ、俯くと目に涙を溜めた。
千代さんの話に私も思わず貰い泣きをする。
「湿ったい話は、終わり。こんな話あんたさんに話しても、しょうもないな。早よ食べ」
千代さんはそう言うと何かに取り憑かれたように2段のお弁当ペロリと平らげた。そして、
「佃煮ごちそうさま。美味しかった……。あと、夏菜子さんに体大事にしにゃぁいかんよって伝えて……」
千代さんは、そう言うと急いで立ち上がり、脚を引きずりながら足早で室内プールへと戻っていった。
千代さんは普段ブーツを履いているから、昨日あの小山の石段を登った時に脚を痛めたのだろう。
大切にしているブーツを引きずり跡を残すくらい脚を引きずっているようでは、重症だ。
それでも今日、彼女は弱音を吐かず勤労奉仕にやって来た。
「あ……!?」
千代さんの足に気を取られ、気がつくと私の弁当箱から佃煮は一匹もいなくなり、代わりに大きな鳥団子が1つ置かれていた。
(ヤバい。千代さんの身の上話聞いていたら、お社に近づかないように説得し損ねた……あーぁ……。でも、まっ、いいか。あの脚じゃぁ、とりあえず、しばらくは山を登れないだろうし……)
あの日の私は青い空の下、一人弁当を食べながら昨日徹夜で考えた怪談話を披露する機会を逃した悔しさを噛み締めていたのだった。