この想いの名前を僕たちはまだ知らない
13、事件
「リアム!お待たせ」
「カナコ……!Wow, that's cute.(おぉ、可愛いね)」
「どうかね?似合うかね?私、色が黒いから紺、ブルーにしてみたんやど……」
私がそう言うとリアムは私をいつものように優しく抱き寄せると、額にキスをした。
この様子からリアムは、浴衣を着てきた私を喜んでくれてくれているのだと察した。
あの夜は、月や星が綺麗に見える夜だった。
月に照らされて見える彼の金色の髪は、秋の稲穂のように輝いて見えた。
初めて会った時、イガグリのような短かった彼の髪の毛も今は総髪頭くらいに伸びてきている。
でも、そんなことはどうでもいい。
私はどんな髪型であっても病人のように痩せてしまっても彼の事が心の底から好きになってしまっていた。
私達はしばらく見つめ合った後、昨日置いていった風呂敷を敷物にして、その上に座ると今夜の秋蛍の話をした。
「The fireflies released into the night sky were beautiful(夜空に放った蛍、綺麗だった)」
私は昨日、ミラちゃんに教えてもらった通りに蛍の話を切り出した。
「That's true. But tonight Kanako is prettier than anyone else.(そうなんだ。でも、今夜の夏菜子は誰よりも綺麗だよ)」
「prettier?」
私は自分の頭の中の辞書を広げ、リアムの言ったprettierの意味を考えた。
そして、私の知る中で1番近い単語を頭の中で繰り寄せていく。
(erは人か比較級。主語は私だからprettierは、おそらく人のことだ。Prettyにerをつけたってことは……。Prettierは……かわいい人!やった!!やっぱりリアムは喜んでくれているんだ)
私はリアムの返答の意味が分かると耳を紅くして、俯いた。
「……」
「……」
そして私は短い沈黙の後、大きく息を吸い込むとリアムと向かい合い、こう言った。
「リアム。私はな、今夜はここで一晩中リアムと話をしたいんよ。え~っと、Liam. I want to stay here and talk to you all night tonight.(リアム。私はあなたと一晩中、話がしたい。)」
「……!?」
リアムは私の英語を聞くと口に手を当て俯いき、固まった。
少し困っているような横顔だ。
リアムの横顔は徐々に紅くなっていく。
「今夜、私、ここに、いる。何が何でもここにいるかんね!」
「カナコ……」
リアムは、紅く熱を帯びた私の手を取ると優しく笑った。
そしてすぐ、私の顔にゆっくりと唇を近づけてきた。
チュッ
湯たんぽのような優しい、温かさが私の唇に触れる。
「リア……」
私は、リアムの行動に初めは驚いた。
だがあの日、私は彼のアプローチをいつものように受け入れることにした。
リアムの潤んだ青い瞳が私の瞳を捉えて離さなくても、不思議と嫌な気持ちはしなかった。
寧ろ、あの時の私はリアムの事をもっと知りたい、離れたくない、そう思っていた。
リアムが私を強く抱きしめ、私を草の上に優しく押し倒すとリアムは再び唇に接吻をし、私の顔の前に自分の高い鼻を近づけてきた。
(怖い。何が始まるんやろ……)
私は目をキュッと閉じた。
「I love you, Kanako(愛してるよ。夏菜子)」
リアムは私の耳元で優しく熱い吐息を吐いた。
ツーッ
リアムの腕の中で抱かれながら、私は静かに一筋の涙を流した。
「I love you, Kanako.I love you……カナコ、アイシテル」
あの日。
あの時。
リアムは壊れたレコードのように同じフレーズしか言わなかった。
「私もアイシテル……リアム……I love you」
二人の心が言葉の壁を乗り越えて繋がった、あの瞬間。
彼の青い瞳からは、私と同じ一筋の涙が流れ落ちていった。
あの日、戦争という名前の敵に青春を奪われた私たちは、この心の底から溢れ出てくる熱い想いの名前をまだ知らないのであった。
*
初霜の降る朝。
私は日の出よりも早くに下山した。
そして、秋祭りの次の日。
あの別れの日も私はリアムに会いに行った。
リアムは紫色の花が好きだと言ったから、狂い咲きの桔梗を山に登る途中に2輪摘んで行く。
桔梗の花言葉は“永遠の愛”
アメリカと日本の花言葉は違うかも知れないけれど、私のこの気持ち彼に届くと良いな、そんな事を考えながら私は山を登った。
「……アイ ラブ ユー。ミーツ、か」
私は今朝、ミラちゃんに教えてもらったリアムへの返事を手土産に、今日も軽い足取りでお社に向かう男坂をスルスルと登っていった。
昨日、リアムと私の間に人には言えない秘密が出来ていた。
昨晩、リアムと私は色々なことを話したが、私は彼の言葉を半分くらいしか理解できていなかった。
そしてリアムの方はこのところ、日本語が少しずつ理解できるようになってきたようだ。
「センソウ ノ ナイ セカイヲ」が最近の彼の口癖だ。
私は昨日、私の上で彼が流した涙の中に兵士ではない本当の彼を見たように感じた。
あの瞬間、彼の青い瞳が見てきた世界が、私の知る世界よりも厳しくて残酷なものであったとしても、私は彼の事をもっともっと知って、愛したい、そう思ってしまったのだ。
パン パン パン
「え~キツネの神様、今日も平和な1日をありがとうございました。私の大切な人たちをどうかお守りください」
私はいつもの通りお社に小さな丸餅をお供えするとリアムのもとに向かう為、立ち上がろうと地面に手をついた。すると、
「おい!騒ぐな。女。騒ぐと喉元かっ切るぞ!!」
低い中年の男の声は、そう言うと胸を後ろから鷲掴みにして、私を羽交い締めにしてきた。
「キャー!!!」
私はあまりにも突然の出来事に驚き、男の忠告も聞かかずに大声を出した。
男も私の大声に驚き、思わず私の胸を掴んだ右手に力が入った。
「うるさい女だなぁ。ちっとは……」
男はそう言うとズボンの裾の擦り切れた国民服のベルトに手を掛けようとした。
私は思わずお社の石のキツネ様を持ち上げ、戦闘態勢をとった。
二人の間に緊迫感で煮詰まった重い空気が漂い始める。すると、
バザ バザ バザ ……
「O O ……Oh !!」
私の叫び声に呼応したかように突然、藪の中から青い瞳が顔を出した。
そして金色の髪をした大男は小太りの禿げかかった男に太い木の枝を持って襲いかかっていったのだ。
「!異人だ。異人だ。異人だ!!」
小太りの男はリアムの姿を見ると慌てて鳥居を走り抜けて女坂を下って行った。
「カナコ、ダイザョウブ?」
「リアム……」
私の目から一筋の涙が流れ落ちる。
それを見たリアムは涙で濡れた私の頬に優しくお別れのキスをした。
「リアム。リアム。あぁ、ごめんなさい……」
私がそう言うとリアムは私のお腹の上で手を重ねながら笑顔で、こう言った。
「カナコ。アイシテル……」
リアムはそう言うと誰か人の来た気配を感じ取ったかのように、もと来た藪の中へと消えていった。
「異人だ!異人だ!異人はどこだ……」
あの日、彼は振り返らなかった。
そして、この日。
リアムの存在が村中に知れ渡ることになったのだった。
「カナコ……!Wow, that's cute.(おぉ、可愛いね)」
「どうかね?似合うかね?私、色が黒いから紺、ブルーにしてみたんやど……」
私がそう言うとリアムは私をいつものように優しく抱き寄せると、額にキスをした。
この様子からリアムは、浴衣を着てきた私を喜んでくれてくれているのだと察した。
あの夜は、月や星が綺麗に見える夜だった。
月に照らされて見える彼の金色の髪は、秋の稲穂のように輝いて見えた。
初めて会った時、イガグリのような短かった彼の髪の毛も今は総髪頭くらいに伸びてきている。
でも、そんなことはどうでもいい。
私はどんな髪型であっても病人のように痩せてしまっても彼の事が心の底から好きになってしまっていた。
私達はしばらく見つめ合った後、昨日置いていった風呂敷を敷物にして、その上に座ると今夜の秋蛍の話をした。
「The fireflies released into the night sky were beautiful(夜空に放った蛍、綺麗だった)」
私は昨日、ミラちゃんに教えてもらった通りに蛍の話を切り出した。
「That's true. But tonight Kanako is prettier than anyone else.(そうなんだ。でも、今夜の夏菜子は誰よりも綺麗だよ)」
「prettier?」
私は自分の頭の中の辞書を広げ、リアムの言ったprettierの意味を考えた。
そして、私の知る中で1番近い単語を頭の中で繰り寄せていく。
(erは人か比較級。主語は私だからprettierは、おそらく人のことだ。Prettyにerをつけたってことは……。Prettierは……かわいい人!やった!!やっぱりリアムは喜んでくれているんだ)
私はリアムの返答の意味が分かると耳を紅くして、俯いた。
「……」
「……」
そして私は短い沈黙の後、大きく息を吸い込むとリアムと向かい合い、こう言った。
「リアム。私はな、今夜はここで一晩中リアムと話をしたいんよ。え~っと、Liam. I want to stay here and talk to you all night tonight.(リアム。私はあなたと一晩中、話がしたい。)」
「……!?」
リアムは私の英語を聞くと口に手を当て俯いき、固まった。
少し困っているような横顔だ。
リアムの横顔は徐々に紅くなっていく。
「今夜、私、ここに、いる。何が何でもここにいるかんね!」
「カナコ……」
リアムは、紅く熱を帯びた私の手を取ると優しく笑った。
そしてすぐ、私の顔にゆっくりと唇を近づけてきた。
チュッ
湯たんぽのような優しい、温かさが私の唇に触れる。
「リア……」
私は、リアムの行動に初めは驚いた。
だがあの日、私は彼のアプローチをいつものように受け入れることにした。
リアムの潤んだ青い瞳が私の瞳を捉えて離さなくても、不思議と嫌な気持ちはしなかった。
寧ろ、あの時の私はリアムの事をもっと知りたい、離れたくない、そう思っていた。
リアムが私を強く抱きしめ、私を草の上に優しく押し倒すとリアムは再び唇に接吻をし、私の顔の前に自分の高い鼻を近づけてきた。
(怖い。何が始まるんやろ……)
私は目をキュッと閉じた。
「I love you, Kanako(愛してるよ。夏菜子)」
リアムは私の耳元で優しく熱い吐息を吐いた。
ツーッ
リアムの腕の中で抱かれながら、私は静かに一筋の涙を流した。
「I love you, Kanako.I love you……カナコ、アイシテル」
あの日。
あの時。
リアムは壊れたレコードのように同じフレーズしか言わなかった。
「私もアイシテル……リアム……I love you」
二人の心が言葉の壁を乗り越えて繋がった、あの瞬間。
彼の青い瞳からは、私と同じ一筋の涙が流れ落ちていった。
あの日、戦争という名前の敵に青春を奪われた私たちは、この心の底から溢れ出てくる熱い想いの名前をまだ知らないのであった。
*
初霜の降る朝。
私は日の出よりも早くに下山した。
そして、秋祭りの次の日。
あの別れの日も私はリアムに会いに行った。
リアムは紫色の花が好きだと言ったから、狂い咲きの桔梗を山に登る途中に2輪摘んで行く。
桔梗の花言葉は“永遠の愛”
アメリカと日本の花言葉は違うかも知れないけれど、私のこの気持ち彼に届くと良いな、そんな事を考えながら私は山を登った。
「……アイ ラブ ユー。ミーツ、か」
私は今朝、ミラちゃんに教えてもらったリアムへの返事を手土産に、今日も軽い足取りでお社に向かう男坂をスルスルと登っていった。
昨日、リアムと私の間に人には言えない秘密が出来ていた。
昨晩、リアムと私は色々なことを話したが、私は彼の言葉を半分くらいしか理解できていなかった。
そしてリアムの方はこのところ、日本語が少しずつ理解できるようになってきたようだ。
「センソウ ノ ナイ セカイヲ」が最近の彼の口癖だ。
私は昨日、私の上で彼が流した涙の中に兵士ではない本当の彼を見たように感じた。
あの瞬間、彼の青い瞳が見てきた世界が、私の知る世界よりも厳しくて残酷なものであったとしても、私は彼の事をもっともっと知って、愛したい、そう思ってしまったのだ。
パン パン パン
「え~キツネの神様、今日も平和な1日をありがとうございました。私の大切な人たちをどうかお守りください」
私はいつもの通りお社に小さな丸餅をお供えするとリアムのもとに向かう為、立ち上がろうと地面に手をついた。すると、
「おい!騒ぐな。女。騒ぐと喉元かっ切るぞ!!」
低い中年の男の声は、そう言うと胸を後ろから鷲掴みにして、私を羽交い締めにしてきた。
「キャー!!!」
私はあまりにも突然の出来事に驚き、男の忠告も聞かかずに大声を出した。
男も私の大声に驚き、思わず私の胸を掴んだ右手に力が入った。
「うるさい女だなぁ。ちっとは……」
男はそう言うとズボンの裾の擦り切れた国民服のベルトに手を掛けようとした。
私は思わずお社の石のキツネ様を持ち上げ、戦闘態勢をとった。
二人の間に緊迫感で煮詰まった重い空気が漂い始める。すると、
バザ バザ バザ ……
「O O ……Oh !!」
私の叫び声に呼応したかように突然、藪の中から青い瞳が顔を出した。
そして金色の髪をした大男は小太りの禿げかかった男に太い木の枝を持って襲いかかっていったのだ。
「!異人だ。異人だ。異人だ!!」
小太りの男はリアムの姿を見ると慌てて鳥居を走り抜けて女坂を下って行った。
「カナコ、ダイザョウブ?」
「リアム……」
私の目から一筋の涙が流れ落ちる。
それを見たリアムは涙で濡れた私の頬に優しくお別れのキスをした。
「リアム。リアム。あぁ、ごめんなさい……」
私がそう言うとリアムは私のお腹の上で手を重ねながら笑顔で、こう言った。
「カナコ。アイシテル……」
リアムはそう言うと誰か人の来た気配を感じ取ったかのように、もと来た藪の中へと消えていった。
「異人だ!異人だ!異人はどこだ……」
あの日、彼は振り返らなかった。
そして、この日。
リアムの存在が村中に知れ渡ることになったのだった。