この想いの名前を僕たちはまだ知らない
8、英語
タイムスリップから3日目の朝。
今日は晴天。
作業場の教室の中は、昨日と相も変わらず蒸し暑く、重苦しいコンニャクの臭いに包まれていた。
だが、そんな中でも私達は1日中、文句を言うことも許されずに自分に与えられた分量の仕事を黙々と熟していった。
そして仕事が終わると私と夏菜子ちゃんは、お社の近くの湧き水の水を水筒に汲み取り、昨日会った異人さんにの隠れているだろう藪の側まで持って行った。
彼が今日ここに来るかは分からない。
だけど、何となく私達は彼がまだそこに居る気がして出掛けたのだった。
お社のある小山の山頂に着くと私と夏菜子ちゃんは辺りを見渡し、彼のいるであろう藪の向こうに向かい、こう囁いた。
「……Hello. (こんにちは……)」
カタン カタカタ……
夏菜子ちゃんが英語で挨拶をして暫くすると、四角い空井戸の蓋がカタンと軽い音を立てて、少し開いた。
そして中から金色の何かがチラリと頭を覗かせた。
「えっと~。何やったかね。あ、Here are some rice balls and water……(これ、おにぎりと水……)」
「Thank you. (ありがとう)」
「やった!通じたかね?ミラちゃん、通じたかね?」
金色の髪の軍服を着た男性は、空井戸から出てくると昨日と同様に夏菜子ちゃんの手から優しくおむすびの包みを受け取った。
夏菜子ちゃんは異人さんの隣で待ちに待ったであろう、食べ物をもらった異人さんよりも嬉しそうに、はしゃいでいる。
そんな彼女を尻目に異人さんは、今日も昨日と同じように地面に胡座をかいた。
そして自分の膝の上に包みを乗せると、胸の前で十字を切り、待ちきれないと言わんばかりにガツガツとおむすびを食べ始めた。
私と夏菜子ちゃんは彼が食事が終わるまでの間。
彼の前に正座をして彼が食べ終わるのを静かに待っていた。すると、
「Ah~。By the way, are you American? Where did you study English?……(ところで貴方はアメリカ人ですか?英語はどこで勉強したのですか?……)」
青い瞳の彼は私が英語を話すことができると分かるとおむすびを貪るように食べながら、次から次へと英語で質問を浴びせてきた。
慌てる私の手を握り夏菜子ちゃんは目を輝かせ、私と青い瞳の男性の目を交互に見比べた。
「え〜。I'm Japanese. I studied English at school. I lived in New Zealand.(私は日本人です。英語は学校で勉強しました。ニュージーランドで暮らしたことがあります)」
「I understood. Your pronunciation is easy to understand.(そうなんだ。君の発音は聞き取りやすい」
「Thank you…….(ありがとう……)」
「な、ミラちゃん。異人さんなんて言うとるの?な、教えて!!」
夏菜子ちゃんは私の隣で私と彼の会話が一区切りしたのを見計らうと、私達の顔を交互に見ながら目を輝かせて、こう言った。
*
今日。“リアム”と名乗るアメリカの軍人さんは短い間、自分の簡単な身の上話をしてくれた。
その間も夏菜子ちゃんは、私の訳した英語に頷いたり、首を傾げたりしながら真剣な表情で私を介してリアムの質問に質問を重ねていった。
「ミラちゃん。リアムに兄弟はいるのか聞いてみて!」
「ん~。How many brothers do you have?(兄弟はいますか?)」
「I have one younger sister.(妹が1人います)」
「妹が1人いるって」
「そうなんだ。私、一人っ子だから羨ましいわ~。妹さんも綺麗な青い瞳しとるんかね?次の質問。アメリカのどこに住んでるの?」
夏菜子ちゃんは、時間に追い立てられるように昨日二人で考えた質問を次々にリアムにぶつけていった。
そして私は間髪入れずに夏菜子ちゃんの質問を英語に訳していく。
「She is an only child.(彼女は一人っ子です。)Where are you from?(あなたはどこに住んでいるのですか?)」
「Santa Barbara, California(カリフォルニア州サンタバーバラです)」
「カリフォルニア州サンタバーバラ出身だって」
「カリフォルニア?サンタバーバ…ラ……?海が近いんかね?」
「サンタバーバラは海沿いの街だよ。カリフォルニア州は世界中のお金持ちや有名人が住んでるだよ。ハリウッドっていう映画が有名な街があってね……」
「Hollywood? Do you know Hollywood?(ハリウッド?ハリウッド知ってるの?)」
「My dad has been there for work…….(パパが仕事で行ったことがあります)……」
「ミラちゃん。dadって何?何なの?」
あの日、私は好奇心に満ち溢れた夏菜子ちゃんの瞳とリアムの青い瞳に挟まれ、時間が許す限り二人を通訳して過ごした。
*
リアムと話して分かった事をまとめると……。
彼がアメリカの西海岸の海沿いの町カリフォルニア州の“サンタバーバラ”と言う場所の出身だと言う事。
彼は今現在、17歳であるという事。
兄弟は15歳年の離れた妹が一人いるという事……。
彼の出身地、サンタバーバラにある石油基地を日本軍が攻撃した事がきっかけで彼は家族を守る為に兵に志願したこと。
彼は実践部隊ではなく偵察をすることが主な仕事で、とある計画の為、名古屋の地形を記録して帰る途中にこの山の中に不時着した事。
仲間が二人いた事……。
たった1時間だけの会話だったが、夏菜子ちゃんにとっても今日のリアムとの会話は大きな収穫があったようだ。
今日、山道を昨日の半分の時間で登った価値はあった、今回の話の内容に私も満足していた。
帰り際。
私の3つ年上の異人さん《リアム》は別れ際にセピア色の写真を私達に見せてくれた。
そのまだ新しい家族写真の真ん中には、3歳くらいの女の子がママの膝の上に座り、白い歯を見せて笑っていた。
そして、その写真に対しても夏菜子ちゃんはマシンガンのような質問攻めをした。
そして会話が一区切り終えると彼は私達に別れ際にこう聞いた。
「What are your names?(あなた達の名前は?)」
「えっと……。She
isカ、ナ、コ。I'mミ、ラ」
「カ、ナ、コ?ミラ!Mila is the name of a goddess.(ミラ!ミラは女神様の名前だね)」
私がそう言うとリアムは写真を裏側にして鉛筆を取り出すと私に手渡した。
名前のスペルを書いてくれということなのだろう。
私は夏菜子ちゃんの名前と私の名前を遠慮がちに鉛筆で書いてあげた。
「カナコ、ミラ……」
リアムは何度も私達の名前をつぶやくと白い歯を見せ、嬉しそうに笑った。
彼の笑顔は幸せを運んでくる。
そんな優しい笑顔に夏菜子ちゃんも私も夢中になった。
「ふふっ。じゃぁ。また、明日ね。リアム。シーユー、トォモロー」
夏菜子ちゃんは別れ際、覚えたばかりのカタカナ英語を使いリアムに手を振ると時間に追われるように、来た時と同じ藪の中へ急ぎ足で帰って行こうとした。
「待って、夏菜子ちゃん!!」
私も慌てて夏菜子ちゃんの後を追う。
先を急ぐ夏菜子ちゃんの声色は先程より低く、いつもの夏菜子ちゃんとは違う緊張感のあるハリのある声をしていた。
「ミラちゃん、ここに長居は無用。もし、私達がリアムの知り合いだって知られたら憲兵にしょっぴかれるんよ。そしたらな、おばあちゃんにも迷惑がかかる……。帰りも昨日の半分の時間で降りな、あかん!」
夏菜子ちゃんはリアムと話していた時の明るい声色とは違う重い声を出して、こう言った。
夏菜子ちゃんは、私の前を一段飛ばして石段を掛け降りて行く。
そうだ、ここは1944年の日本。
今は戦時中だ。
“戦争は女の顔をしていない”
私はクリスマスにひいおばあちゃんから貰った本に描かれていた挿絵の女性と同じ逞しい夏菜子ちゃんの横顔を見ながら自分の本心を隠し今を生きると言う事の難しさを感じていた。
-戦争が終わるまで後、10ヶ月。
リアムはこんな不安定な環境の中で無事に生き延びる事ができるのだろうか……?。
私は一抹の不安を抱えながら昨日よりも早足で石段を駆け抜けていく事になった。
今日は晴天。
作業場の教室の中は、昨日と相も変わらず蒸し暑く、重苦しいコンニャクの臭いに包まれていた。
だが、そんな中でも私達は1日中、文句を言うことも許されずに自分に与えられた分量の仕事を黙々と熟していった。
そして仕事が終わると私と夏菜子ちゃんは、お社の近くの湧き水の水を水筒に汲み取り、昨日会った異人さんにの隠れているだろう藪の側まで持って行った。
彼が今日ここに来るかは分からない。
だけど、何となく私達は彼がまだそこに居る気がして出掛けたのだった。
お社のある小山の山頂に着くと私と夏菜子ちゃんは辺りを見渡し、彼のいるであろう藪の向こうに向かい、こう囁いた。
「……Hello. (こんにちは……)」
カタン カタカタ……
夏菜子ちゃんが英語で挨拶をして暫くすると、四角い空井戸の蓋がカタンと軽い音を立てて、少し開いた。
そして中から金色の何かがチラリと頭を覗かせた。
「えっと~。何やったかね。あ、Here are some rice balls and water……(これ、おにぎりと水……)」
「Thank you. (ありがとう)」
「やった!通じたかね?ミラちゃん、通じたかね?」
金色の髪の軍服を着た男性は、空井戸から出てくると昨日と同様に夏菜子ちゃんの手から優しくおむすびの包みを受け取った。
夏菜子ちゃんは異人さんの隣で待ちに待ったであろう、食べ物をもらった異人さんよりも嬉しそうに、はしゃいでいる。
そんな彼女を尻目に異人さんは、今日も昨日と同じように地面に胡座をかいた。
そして自分の膝の上に包みを乗せると、胸の前で十字を切り、待ちきれないと言わんばかりにガツガツとおむすびを食べ始めた。
私と夏菜子ちゃんは彼が食事が終わるまでの間。
彼の前に正座をして彼が食べ終わるのを静かに待っていた。すると、
「Ah~。By the way, are you American? Where did you study English?……(ところで貴方はアメリカ人ですか?英語はどこで勉強したのですか?……)」
青い瞳の彼は私が英語を話すことができると分かるとおむすびを貪るように食べながら、次から次へと英語で質問を浴びせてきた。
慌てる私の手を握り夏菜子ちゃんは目を輝かせ、私と青い瞳の男性の目を交互に見比べた。
「え〜。I'm Japanese. I studied English at school. I lived in New Zealand.(私は日本人です。英語は学校で勉強しました。ニュージーランドで暮らしたことがあります)」
「I understood. Your pronunciation is easy to understand.(そうなんだ。君の発音は聞き取りやすい」
「Thank you…….(ありがとう……)」
「な、ミラちゃん。異人さんなんて言うとるの?な、教えて!!」
夏菜子ちゃんは私の隣で私と彼の会話が一区切りしたのを見計らうと、私達の顔を交互に見ながら目を輝かせて、こう言った。
*
今日。“リアム”と名乗るアメリカの軍人さんは短い間、自分の簡単な身の上話をしてくれた。
その間も夏菜子ちゃんは、私の訳した英語に頷いたり、首を傾げたりしながら真剣な表情で私を介してリアムの質問に質問を重ねていった。
「ミラちゃん。リアムに兄弟はいるのか聞いてみて!」
「ん~。How many brothers do you have?(兄弟はいますか?)」
「I have one younger sister.(妹が1人います)」
「妹が1人いるって」
「そうなんだ。私、一人っ子だから羨ましいわ~。妹さんも綺麗な青い瞳しとるんかね?次の質問。アメリカのどこに住んでるの?」
夏菜子ちゃんは、時間に追い立てられるように昨日二人で考えた質問を次々にリアムにぶつけていった。
そして私は間髪入れずに夏菜子ちゃんの質問を英語に訳していく。
「She is an only child.(彼女は一人っ子です。)Where are you from?(あなたはどこに住んでいるのですか?)」
「Santa Barbara, California(カリフォルニア州サンタバーバラです)」
「カリフォルニア州サンタバーバラ出身だって」
「カリフォルニア?サンタバーバ…ラ……?海が近いんかね?」
「サンタバーバラは海沿いの街だよ。カリフォルニア州は世界中のお金持ちや有名人が住んでるだよ。ハリウッドっていう映画が有名な街があってね……」
「Hollywood? Do you know Hollywood?(ハリウッド?ハリウッド知ってるの?)」
「My dad has been there for work…….(パパが仕事で行ったことがあります)……」
「ミラちゃん。dadって何?何なの?」
あの日、私は好奇心に満ち溢れた夏菜子ちゃんの瞳とリアムの青い瞳に挟まれ、時間が許す限り二人を通訳して過ごした。
*
リアムと話して分かった事をまとめると……。
彼がアメリカの西海岸の海沿いの町カリフォルニア州の“サンタバーバラ”と言う場所の出身だと言う事。
彼は今現在、17歳であるという事。
兄弟は15歳年の離れた妹が一人いるという事……。
彼の出身地、サンタバーバラにある石油基地を日本軍が攻撃した事がきっかけで彼は家族を守る為に兵に志願したこと。
彼は実践部隊ではなく偵察をすることが主な仕事で、とある計画の為、名古屋の地形を記録して帰る途中にこの山の中に不時着した事。
仲間が二人いた事……。
たった1時間だけの会話だったが、夏菜子ちゃんにとっても今日のリアムとの会話は大きな収穫があったようだ。
今日、山道を昨日の半分の時間で登った価値はあった、今回の話の内容に私も満足していた。
帰り際。
私の3つ年上の異人さん《リアム》は別れ際にセピア色の写真を私達に見せてくれた。
そのまだ新しい家族写真の真ん中には、3歳くらいの女の子がママの膝の上に座り、白い歯を見せて笑っていた。
そして、その写真に対しても夏菜子ちゃんはマシンガンのような質問攻めをした。
そして会話が一区切り終えると彼は私達に別れ際にこう聞いた。
「What are your names?(あなた達の名前は?)」
「えっと……。She
isカ、ナ、コ。I'mミ、ラ」
「カ、ナ、コ?ミラ!Mila is the name of a goddess.(ミラ!ミラは女神様の名前だね)」
私がそう言うとリアムは写真を裏側にして鉛筆を取り出すと私に手渡した。
名前のスペルを書いてくれということなのだろう。
私は夏菜子ちゃんの名前と私の名前を遠慮がちに鉛筆で書いてあげた。
「カナコ、ミラ……」
リアムは何度も私達の名前をつぶやくと白い歯を見せ、嬉しそうに笑った。
彼の笑顔は幸せを運んでくる。
そんな優しい笑顔に夏菜子ちゃんも私も夢中になった。
「ふふっ。じゃぁ。また、明日ね。リアム。シーユー、トォモロー」
夏菜子ちゃんは別れ際、覚えたばかりのカタカナ英語を使いリアムに手を振ると時間に追われるように、来た時と同じ藪の中へ急ぎ足で帰って行こうとした。
「待って、夏菜子ちゃん!!」
私も慌てて夏菜子ちゃんの後を追う。
先を急ぐ夏菜子ちゃんの声色は先程より低く、いつもの夏菜子ちゃんとは違う緊張感のあるハリのある声をしていた。
「ミラちゃん、ここに長居は無用。もし、私達がリアムの知り合いだって知られたら憲兵にしょっぴかれるんよ。そしたらな、おばあちゃんにも迷惑がかかる……。帰りも昨日の半分の時間で降りな、あかん!」
夏菜子ちゃんはリアムと話していた時の明るい声色とは違う重い声を出して、こう言った。
夏菜子ちゃんは、私の前を一段飛ばして石段を掛け降りて行く。
そうだ、ここは1944年の日本。
今は戦時中だ。
“戦争は女の顔をしていない”
私はクリスマスにひいおばあちゃんから貰った本に描かれていた挿絵の女性と同じ逞しい夏菜子ちゃんの横顔を見ながら自分の本心を隠し今を生きると言う事の難しさを感じていた。
-戦争が終わるまで後、10ヶ月。
リアムはこんな不安定な環境の中で無事に生き延びる事ができるのだろうか……?。
私は一抹の不安を抱えながら昨日よりも早足で石段を駆け抜けていく事になった。