兄みたいな騎士団長の愛が実は重すぎでした



レティシアと会話して別れてから、アスールは寮内の廊下を静かに歩きながら自室へ向かう。その間、先ほどまでのレティシアとの会話を思い出し悩んでいた。

(あの返事で本当によかったんだろうか。レティシアは悩んでいたようだったけれど……でも他にどう言えば?俺の気持ちを伝えたところで、受け入れてもらえるはずがない。だったら、どうであれレティシアの決断を応援するしかないじゃないか)

 レティシアの決断が、もしも結婚することだとしたら。そう考えた瞬間に、アスールの心の中に黒い墨のようなものがポトリ、と落ちてどんどんと広がっていく。

(そうなったら、俺は本当に応援できるだろうか。相手はレティシアの知っている人間のようだったし……一体誰なんだ)

 俯きながら廊下を歩き、自室の前までたどり着くと、ドアの前に人影があった。


「……こんな時間にどうした」

「団長に聞きたいことがあります」

 ドアの前にいた団員、ブランシュは濃いブロンドの髪をサラリと揺らしながら、まだほんの少し幼さの残る顔でアスールをジッと見つめそう言った。

(俺に話、か。どうせレティシアのことだろうな)

 アスールはブランシュの顔を見ながらほんの少しだけ眉間に皺を寄せる。

「部屋に入れ」

 部屋の中に通し、アスールは自分の机の椅子に座った。ブランシュにソファへ座るよう促したがブランシュは首を横に振り立ったままだ。

「それで、俺に話があるんだったな」

「はい、単刀直入に聞きます。寮母さん……いや、レティシアの縁談についてどうなさるおつもりですか」

 ブランシュの真っ直ぐな瞳と言葉に、アスールは静かにため息をついた。

「どうするつもり、とはどういう意味だ」

「レティシアが誰かと結婚してしまっても構わないのですか?」

 そう言われたアスールは、ブランシュのその真剣さを恐ろしいとさえ思う。若いからこそためらうことなく余計なことを考えることもなく、ただただ真っ直ぐに疑問をぶつけてくるのだ。自分は直視したくてもできないことに、ブランシュは目を逸らすことなく向き合おうとする。それがアスールには心底恐ろしいものに思えた。

「……構わないも何も、レティシアが決めることだ」

「レティシアが決めたことであれば、他の誰かとレティシアが一緒になっても構わないんですね。団長のレティシアへの気持ちはそんなものですか」

 最後の一言に、アスールは思わずカッとなってブランシュを見る。だが、ブランシュはアスールをじっと見つめたままだ。

「もし、レティシアが縁談を望まない場合はどうするつもりですか」

「どうするも何も、今までと変わらない。変えるつもりもない」

 アスールの言葉に、ブランシュはアスールをキッと睨みつけた。

「……そうですか。俺も、レティシアが決めたことであれば、それでレティシアが幸せなのであれば何もするつもりはありません。でも」

 そう言って、ブランシュはアスールへさらに鋭い眼差しを向ける。

「レティシアが縁談を望まないのであれば俺は迷わずレティシアへ告白します。団長が何もしなくても、俺は違う。それだけは言っておきます」

 ブランシュはそう言うと、静かに一礼をして部屋から出ていった。一人残されたアスールは両目を大きく見開き、呆然としながらアスールがいた場所をただ見つめていた。


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