兄みたいな騎士団長の愛が実は重すぎでした

奪われたくない

 ブランシュが立ち去り、静かになった部屋でアスールはぼんやりと床を見つめ続けていた。

(もしレティシアが縁談を望まなければ、告白する?あのブランシュのことだ、本気なのだろうな……もしブランシュが告白して、レティシアがそれを受け入れたら?)

 ダンッ!とアスールは机を叩き、そのまま机に突っ伏した。

(もしもブランシュとレティシアが恋仲になって結婚することになったら?俺は二人を祝福できるのか?俺はレティシアを諦められるのか?)

 レティシアの隣にいるのが自分ではなくブランシュだとしたら。レティシアから笑顔を向けられるのも、レティシアに触れることができるのも自分ではなくブランシュだとしたら。自分のごく身近にいる人間、ブランシュがレティシアの相手になるかもしれないということは、レティシアの祖母が持ってきた縁談の相手のような見知らぬ誰かよりも遥かに許し難い。そもそも、耐え切れる自信がない。

 だからと言って、レティシアに自分の気持ちを伝えられるかと言えばそれはできない。もし伝えたとして、ただの兄としか思っていないと言われたら。そしてその後、今までのような関係性が崩れてしまったらと思うと怖くて仕方がないのだ。

「俺は、一体どうしたらいいんだ……」

 机に突っ伏したまま放たれた言葉は、宙を彷徨った。







 レティシアに縁談話が持ちかけられてから数日が経った。レティシアは今までとは特に変わらず、寮母としての仕事を淡々とこなしている。レティシアの縁談話に盛り上がっていた団員たちも、レティシアの特に変わらない様子に飽きてしまったのだろう、騒ぐことも少なくなっていた。

「レティシア」

 レティシアが寮内の掃除をしていると、ブランシュが声をかけてきた。服装は騎士服ではなくラフな格好で、どうやら今日は非番らしい。

「ブランシュ、今日はお休み?」

「うん、休みだ。何か手伝うことはある?」

「大丈夫、ここの掃除ももうすぐ終わるし。せっかくの休みなんだからゆっくりしててよ」

 非番と言っても騎士団なのだ、突然の召集がいつかかるかわからない。休めるうちにしっかり休んでいてほしいとレティシアは心から思う。

「ねぇ、レティシア。……この間の縁談の話なんだけど」

「うん?」

 ブランシュの言葉に、レティシアの肩が一瞬揺れる。だが、何事もなかったようにすぐブランシュの方を見て首を傾げた。

「どうするつもりなの?」

 じっとレティシアを見つめるブランシュ。その瞳は、不安と焦りが入り混じったような複雑な瞳をして微かに揺れている。だがそんなブランシュの瞳に気づくことなく、レティシアはただブランシュをじっと見つめた。

「……縁談は、お受けするつもりよ。明後日、お相手の方と会う予定なの」

 レティシアの言葉に、ブランシュは両目を見開いて息を呑んだ。

「……そう、なんだ。そっか」

「もしかして結婚したら寮母を辞めるかもとか思ってる?辞めないから心配しないで。って、私みたいな寮母のことなんて誰も心配しないか」

 フフッと笑うレティシアを見て、ブランシュは思わず眉を顰める。だがレティシアはどうしてブランシュが険しい顔をするのか不思議だった。

「どうであれ俺はレティシアにずっと寮母でいてほしいと思ってるよ。俺が心配なのはそこじゃない」

 少し低く静かな声でブランシュが言うと、レティシアはキョトンとしてブランシュを見る。

「レティシアはそれで本当にいいの?」

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