兄みたいな騎士団長の愛が実は重すぎでした


(どどどどどどうしよう、団長に誘われてしまった!)

 アスールと別れ洗濯室に来たレティシアは洗濯物をガシガシと勢いよく手洗いしながらアスールとの会話を思い出していた。

(やっぱり団長はいつみても素敵、素敵すぎて口から心臓飛び出るかと思った。優しいところもずっと昔から変わらない。けど、どんどんかっこよくなっていってる……いつか私の知ってるお兄ちゃんじゃなくなっちゃいそう)

 アスールは銀髪に透き通るようなアクアマリン色の瞳を持ち、王都中の女性が黄色い声を上げるほどのイケメンだ。騎士の中では細身の方だが、騎士服の上からでも鍛え抜かれた体なのがよくわかる。

 普段は優しい表情で朗らかだが、騎士団長だけあって任務中はずいぶんと厳しいらしい。だが、それでも団員からの信頼は厚い。

(夜に屋上に来いって、なんだろう。どうしよう、団長と夜に二人きりなんて……ううん、でも私たちはそもそも兄妹みたいなものだし、緊張する方がおかしいわよね。あぁ、でもあんなに素敵な団長と二人きりなんて緊張しない方が無理!)



「レティシア、手伝おうか?」

 表情をころころ変えながらレティシアが洗濯物を洗っていると、突然背後から声がする。振り返ると、そこには団員の一人であるブランシュがいた。ブランシュはレティシアと同い年で、レティシアをいつも助けてくれる数少ない団員だ。

 濃いブロンドの髪にエメラルドグリーンの瞳を持ち、細身で中性的な青年だ。だがその中性的な見た目に反して、騎士になりたてにも関わらず騎士としての実力はかなりのものだと聞いている。

「どうしたの?なんか顔が赤いけど」

「えっ、本当に?いや、えっと、洗濯物を必死に洗っていたからかな」

 へへへ、とごまかすように笑うと、ブランシュはクスリと笑ってレティシアの横にしゃがみ込む。ブランシュは濃いブロンドの髪をさらりとなびかせて首を傾げ、レティシアを見つめた。

 ブランシュもそこそこのイケメンだが、幼少期からアスールの顔を見続けてきたレティシアにとってはかっこいいな、くらいの程度だ。

「手伝ってくれなくても大丈夫だよ、これは私の仕事だし。さっきも団長が手伝うって言ってくれたけど、それこそ恐れ多くてお断りしたから。騎士団の手を煩わせるなんて寮母として失格だもん」

 にこっと微笑んで言うレティシアを見て、ブランシュは少しだけ不服そうな顔をした。

「……レティシアって団長と仲良しだよね。団長はいつもレティシアのこと気にかけてるみたいだし」

「えっと、それは私が寮母としてまだ役不足だから団長として見張っているというか気にしてくれているというか」

 昔から寮にいる団員はアスールとレティシアが幼少期からの知り合いだということを知っているが、年若い団員にはいちいち説明はしていない。わざわざ説明する必要もないだろうというのがアスールの団長としての判断だ。

「本当にそれだけかな」

「え?」

 ぽつり、とブランシュは呟いたが、その言葉はレティシアには届かない。不思議そうにレティシアはブランシュを見つめるが、ブランシュは何も言わず立ち上がった。

「レティシアが困るなら手伝わないよ。でももし何か俺にできることがあったらいつでも言ってね」

「うん、ありがとう」

 レティシアの返事にブランシュは満足そうに微笑み、洗濯室から出ていった。





 洗濯室をでたブランシュは、腕を組み壁に寄り掛かる男に気が付く。

「団長……」

「剣の手入れもせずにこんなところで油を売ってたのか?」

「手入れが済んでからここに来ました。団長こそ、寮母さんを見張ってたんですか?」

 その言葉を聞いてアスールはブランシュへ視線を送る。その視線はただただ冷たいものだった。

「別にそういうわけじゃない。寮母が頑張りすぎているから少し気になっただけだ」

「へぇ、団長として、ですか」

「当たり前だろう」

 そのまま、静かなにらみ合いが続く。だが、ブランシュが先に目線をそらし静かにお辞儀をした。

「失礼します」

 そうして立ち去っていくブランシュの後姿を見つめ、アスールは静かにため息をついた。

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