兄みたいな騎士団長の愛が実は重すぎでした



「すみません、送っていただいて」
「いいんだよ。話を聞く限りは危ない感じだしな」

 ノアールはニーシャの仕事が終わる時間に店に迎えに来てニーシャを家まで送っていた。街灯があるとはいえ、やはり夜道は薄暗く女性が一人で歩くには危ない。ニーシャの仕事が終わるのは遅い時間なのでなおさらだ。

(こんな薄暗い道、いつも一人で帰ってんのか?まじで危なっかしいな。もう少し店の近くに住めないもんなのか)

 店までの距離はそんなに遠くないと言うが、それでもこんな夜道を歩くには十分遠いと言える距離だった。
 隣を歩くニーシャをチラリとみると、ニーシャは少し周囲を警戒するように緊張した面持ちで歩いている。いつもは喜怒哀楽の大きいニーシャがこれだけ緊張しているのだから、事の重大さがうかがえた。

(一緒に来て正解だったな)

 ノアールがふと何かに気づいて目を細める。そしてニーシャの手を静かに掴んでニーシャに顔を近づける。

「ニーシャ、後ろを振り向くな。つけられてる。走って撒くから俺の手を離すなよ」

 突然のことにニーシャは驚くが、すぐに真剣な顔でノアールを見つめてうなずいた。それを見たノアールも静かにうなずき、次の瞬間走り出した。

 曲がり角をいくつか曲がり、細い路地裏で止まる。かなりの速さで走ったので、ニーシャは肩で息をして壁によりかかった。

「大丈夫か?悪いな、速すぎたか」
「い、いえ、大丈夫、です」

 小声で聞くノアールに、息を切らしながら小声でニーシャが答える。近くには人の気配はなく、どうやらうまく追手を撒けたようだ。

「うまくいったみたいだな」

 ノアールがそう言うと、ニーシャはほうっと大きく深呼吸してしゃがみ込んだ。

「お、おい、本当に大丈夫か?」
「すみません、安心したら、力が抜けちゃって」

 しゃがんだままノアールを見上げたニーシャは、ふにゃりと笑っているが少し震えている。

(そりゃそうだよな、怖い思いして全速力で走ったんだから)

「落ち着くまで待つから気にしなくていいぞ」
「ありがとうございます。でも、もう大丈夫です」

 ふーっと息を吐いてニーシャは立ち上がろうとした。だが、やはりまだ力がうまく入らないのだろう、体制を崩してしまった。

「おっと」

 咄嗟にノアールがニーシャを抱き止める。ニーシャの体は小さいうえに華奢で、すっぽりとノアールの腕の中に収まってしまった。

(ちっせえな)

 この小さい体で自分たちの剣を扱っているのだと思うとずいぶんと不思議な感じがする。こんな細い腕があんなに重い剣を持ちあげ修理したり手入れしたりするのだ。なんなら騎士団の剣だけではない、冒険者の剣や剣よりも重い武器をこの手で掴み、直している。どう考えても不思議すぎて、ノアールはしばらくニーシャを抱き止めたまま動かなかった。

「あ、あの、ありがとうございました。でも、いつまでこうしてるんでしょうか」

 ノアールがニーシャの華奢さ加減に驚いていると、ニーシャが腕の中で小さくうめく。

「あ、ああ、悪い悪い」

 ノアールが腕からニーシャを開放すると、ニーシャは俯いたままだ。立ててはいるようだが、もしかするとその場で立っているのが精一杯なのかもしれない。

「ちょっとごめんな」

 そう言ってノアールはニーシャの腰と膝裏に手を回してニーシャを持ち上げた。

「う、ええっ!?」

 突然お姫様だっこされたニーシャは驚いて慌てふためくが、ノアールがしっかりとニーシャの体を掴んでいる。

「あんまり暴れると落っこちるから気をつけろよ。俺の首に手を回した方が安定する」
「えっ、いや、あの、この状態は一体」
「まだちゃんと歩けないだろ?これで家まで送るよ。俺にこうされるのは不服かもしれないけど、我慢してくれ」
「へえっ!?」

 有無を言わさないノアールに、ニーシャは観念しておずおずと遠慮がちにノアールの首に腕を回した。

「よし、これで大丈夫だな」
「あの、ノアールさんていつも女性にこんなことしてるんですか?」
「?いや、こんな状況になることまずないだろ」
「それはそうですけど……自然にやってるなら天然たらしすぎる」
「ん?なんか言ったか」
「なんでもないです」

 ノアールの肩に顔をうずめてニーシャはまた静かにうめいた。



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