人生詩集・青少年編

カルメン

夜のサクラメンテ。
街灯もない真っ暗な坂道を、でも期待に胸ふくらませながら、せっせと上って行く。
女を買いに行く気分だ。
だって見えて来たあの灯りには、あの洞窟には、きっと…

中に入ればそこは8坪弱のフロアで、バイラオーラがバリージョを売りつけて来る。
壁に居並んだドイツ人観光客らならともかく、あいにくこちとら金に縁のない、
ハポネス・ボヘミアンだ。皿洗いのタワシだ。
ノー・グラーシャスの一言に、ふんと鼻を鳴らしてバイラオーラは行っちまった。
同じ血と慕って来てみたが、地の果て住まう虐げられたロマなどと、そんな感じじゃ全くないね。金がすべての、ほんにどこも味気ない世の中だ。

「オレオーレ」トケが鳴り、ハレオがかかる。年増のバイラオーラたちが輪になって踊りだした。  
バルマの拍子にも、カンテの歌声にも、今はもう心は浮き立たない。
貧乏人の来る所じゃなかった、などと、またぞろ自分のまわりに壁を造りだす俺だ。
きっとみっともなく一人目立っているに違いない。

しかしこの時バイラオーラたちの輪が割れて、
中から赤いドレスを着た雌豹が現れ…いきなり俺に咬みついた!
「どう、色男、私をモノにできる?」
とばかり俺を睨みつけ、凄いドレスカットの白い背、
突きつけ踊るカルメン見れば、
俺の心はもうすっかりドン・ホセだ。
激しくサパテアードを踏んでは俺の‘男’を呼び覚まし、身を、頭上高く上げたブラッソをくねらせては、
ロマの哀しさを、同じ血だということを、俺に示してみせる。
気に入った…。踊りたい。この女と踊りたい。どこまでもいっしょに…狂ってみたい。

「ヘイ、カルメン…」
待てよ、しかし金はあったっけ…?

         【カルメンのイメージ from pixabay, by Jimbo457】
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