人生詩集・青少年編

コブレンツ古城(1)

松明の炎に映されて、夜の城壁を巨人の影が巡っている。
踏みつぶされては大変だ。俺は辺りのものかげに身を隠す。
やがてゴヤの絵にあるような凄い奴がやって来た。
腹に響く野太い声で、「寂しいよう、哀しいよう」と、なんとも遣る瀬なげにひとつ事を連呼している。
姿も恐ろしいがその声がたまらない!俺は両耳を手で覆って聞くまいとする。
その悍ましい巨人が目の前を通って城の裏側へと消えた時、俺はもはや堪えきれず、城の外壁をよじ登って表へと飛び下りた。巨人の声も姿も、なぜか‘俺を見るようで’、だから瞬時も堪え切れず、俺は脱出したのだ。
地面にうずくまって様子をうかがっていると、今度は壁の内側から城兵とおぼしき声が聞こえて来た。
「卑怯者はどこへ行った?」「逃げた!」「ひっ捕まえろ!」などと口々に叫びだす。一人、また一人と外壁に上ってはこちらに飛び降りて来るようだ。
彼らは「必然」という名の城兵たちだった。
巨人以上に俺は彼らが恐ろしく、表現不能の恐怖にかられて、脱兎のごとく草地の上を駆けだした。
逃げる、逃げる、やみくもにただ逃げる!
しかしそんな俺を揶揄うように、キツネかイタチのような小動物が、前に横に並走するのが奇妙だった。
息が続かず、現れた窪地の中にもんどりうって倒れ込む。荒い息を押し殺して潜んでいると、いくばくもなく城兵たちがやって来た。
「やつは何処だ?」「此処らにいるぞ」「捕まえて引っ立てろ!」「巨人と対峙させるんだ」
などと真っ平御免なことを喚きだす。冗談じゃない。そんな恐ろしいこと、云わないでくれ!…しかし彼らはすぐに俺をみつけるだろう。俺は固く目をつぶり、幼児のように、「必然」の執行がなされるのを、ただただ拒みつづけていた…

       【悲し気な巨人のイメージ from pixabay, by Artie_Navarre】

< 15 / 23 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop