Deception〜私たちの恋の裏にはそれぞれの思惑が渦巻いている〜


 ***

 病院から帰宅し、ぼんやりとしたままリビングの扉を開ける。ソファーに座った弟の郷が「姉ちゃんおかえり?」と声をかける。

「ああ、うん」

 ぼうっと返事をするのも束の間、想乃は丸い瞳を見開き「どうしたの、その顔!」と声を上げた。郷は顔にガーゼを貼り保冷剤を当てていた。目尻や口の端にも絆創膏を貼っている。昨夜見た鼻の頭や頬の擦り傷もまだ治っていないのにまた怪我をしている。

「大丈夫だよ、ちょっと怪我しただけだし」
「ちょっとってレベルじゃないでしょ、それ! まさか……誰かにやられたの?」
「違うって、友達とちょっとふざけ合ってて。外でプロレスごっこしてたら転んで塀にぶつけちゃっただけ」
「嘘。遊びでそんな怪我するはずないでしょ。ちょっと見せて?」
「大丈夫だって言ってんじゃん、いちいちうっせぇなぁ」

 ばつの悪さから唇を尖らせて、郷が姉と距離を取る。ソファーから冷蔵庫へ向かい、別の保冷剤と取り替えていた。

 顔の怪我は気になるけれど、弟がこういう態度をとるときは頑として譲らない。想乃は仕方なく嘆息し、キッチンのシンクで手を洗った。

「晩御飯作るね」と続け、食器棚の傍にかけたエプロンを着けた。「今日なに?」と郷が尋ねる。想乃は冷蔵庫を開けて「鶏皮の親子丼にしようか」と提案する。
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