Deception〜私たちの恋の裏にはそれぞれの思惑が渦巻いている〜

「向こうは姉ちゃんのこと知ってたよ？　僕が弟だって見て分かったみたいだし」

　想乃は瞬時に眉を寄せ、背筋をぶるっと震わせた。昨夜、玄関のドアノブに掛かっていた紙袋を思い出していた。

「な、なんて名前の人？　本当に私の知り合い？」
「いや、それは分かんないけど。すっごく強くて優しい人でお金持ちな感じの……あ、そういえば名刺もらってたんだ！」

　名刺……。

　自身の記憶を探るけれど、名刺を携帯していそうな知り合いはひとりとしていない。「はい」と郷から一枚のカードを手渡された。

　白地に水色系統のデザインが施され、アルファベット表記を交えてお洒落に印字されている。

『株式会社ナミキホールディングス』
『常務取締役　並樹　慧弥』

　想乃の顔に怯えのような影が差した。次第に体温が下がっていく。大手株式会社の社名に心当たりがあった。

「知らない名前だけど……」と言いながら、震える手でそれをキッチンの端に置いた。

「え、そうなんだ？　僕はてっきり」

　きょとんと目を瞬く郷から視線を外し、想乃は夕食作りに没頭する。フライパンを五徳の上に置いて火をつけた。

「それでさぁ、姉ちゃん」と郷がうきうきしながら続きを話そうとする。

「僕その慧弥さんって人と、」
「今は変な詐欺とかあるから。郷ももっと警戒しないとだめだよ？」