Deception〜私たちの恋の裏にはそれぞれの思惑が渦巻いている〜
 男性が商品を手に掴んで微笑み、その瞬間、ぞくっと背筋が凍りつく。腕や首筋に鳥肌が立っていた。男性が退店したあともしばらく放心して動けなかった。

 *

 紺色のキャップをかぶり、想乃はせっせとモップを動かしていた。今日の清掃業も一昨日と同じ現場で、大手株式会社のナミキホールディングスへ来ていた。

 不安からついしかめっ面をしてしまう。さっきから想乃の頭を悩ませているのは、コンビニ業務で接客をしたサラリーマンの男性だ。

 もしかして、あの人が私のシュシュを……? まさかそんな。たまたま私が付けていたシュシュを覚えていて、無くしたと言ったから、買わないとだめですねって。そういう意味でああ言っただけよね……?

 自分の単なる勘違いで、多々ある不安から自意識過剰になっているだけ。きっとそうに違いない。想乃はそう思い込もうとした。

 清掃会社から支給された黒いゴム製の腕時計に目を落とした。そろそろ片付けに入らなければいけない。

 想乃はハァ、と何度目かのため息を吐き出し、隣りのフロアへ視線をやった。今しがたまでそこにいた先輩社員がいなくなっている。もう片付けに取り掛かっているようだ。

 私も早く終わらせないと……あの角まで拭いたら終わりっ。
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