Deception〜私たちの恋の裏にはそれぞれの思惑が渦巻いている〜
 廊下のモップがけを丹念に行い、そこでようやくひと息ついた。モップ用のバケツにそれを突っ込もうとしたところでうっかり足がふらついた。

 あっ、やば……っ!

 これは相当疲れてる。

 想乃は足を踏ん張り、すんでで転倒を免れるが。突っ込もうとしたモップでバケツを押してしまい、その場に汚水をぶち撒けた。うわぁ、と。声にならない悲鳴が喉の奥で固まった。一瞬で血の気が引く。

「あらら」

 さらに最悪だったのは、ちょうどそこに社員のひとりが通りかかったことだ。

 ……嘘でしょ。

 モップバケツの汚水は、曲がり角の向こうから現れた男性社員にかかり、彼の革靴とスーツの下をいくらか汚した。

 想乃は俯いたまま、しばし顔を上げられずにいた。どうしよう、取り返しのつかないミスをしてしまった。どうしてくれるの、これ。男性社員からいつその言葉が飛び出してくるのかと思うと怖くてたまらない。額から真っ青になり、ぶるぶると唇が震えた。

 弁償? クリーニング代? 今そんな余裕なんて無いのにっ。

 想乃は目にいっぱいの涙を溜めて「す、すみません」と声を震わせた。

「あのっ、スーツ、お詫びにクリーニング代を……っ」

 おどおどしながら顔を上げると、目の前に立つ男性が「ああ、やっぱり」と言って顔を綻ばせた。想乃の瞳が大きく見開かれる。

「見たことある顔だと思った」
「……スっ、スイ、」
「すい……?」
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