Deception〜私たちの恋の裏にはそれぞれの思惑が渦巻いている〜
 清掃用具をひと通り片付け、想乃は甘い痛みを帯びた心臓部をきゅっと握りしめた。

 やっぱり私……っ、あの人が好きだ。スイーツプリンスが好き。これは推し活なんかじゃない。れっきとした恋心。

 報われるはずのない片想いだと知りながらも、想乃は名前もわからない彼に抱く感情が特別なものだとようやく認めることにした。

 *

 鞄の持ち手を握りしめながら、足は自然と小走りになっていた。街灯が続く暗い夜道を急ぎ、想乃は家路を辿る。

 清掃後の片付けに手間取り、会社を出るのがいつもより少しだけ遅くなった。

『浅倉』と表札を出した我が家が見えてホッと安堵の息をつく。黒い門扉を押し開けて、玄関に鍵を差した。

「ただいまー」

 電気のついたリビングへ声をかける。ぱたぱたと郷の足音がして早々に、ピンポンとインターホンが鳴った。

 まだドアチェーンもせず靴も脱いでいない状態だったため、ついでだからという気持ちでドアを開けた。

 いつもならドアスコープを覗いてからそうするのに、体の疲れが判断を鈍らせた。

「はい」と言ってすぐ、小さな紙袋を押しつけられた。てっきり門扉の外に客人がいるものと思っていたので、完全に虚をつかれた。
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