Deception〜私たちの恋の裏にはそれぞれの思惑が渦巻いている〜
 だからと言って、高いからやめておきますなんて言えない。社会人にもなってお金のことを口にするなんて恥だ。

 メニュー表に目を落としたまま固まる想乃を見て、並樹が小さく首を傾げた。

「連れて来ておいてなんだけど。ヴィーガン、ってわけじゃないよね?」
「……はい」
「この時間に肉は重いなって思ってる?」
「ま、まぁ、少し」

 並樹はうーん、と腕を組み、じゃあと別の提案をしてくれる。

「サーロインの方が脂身が多いからヘレ肉のほうにする? これの100グラムだったら食べられそう?」

 そう言って指で差されたメニューに目を移すと、サーロインより価格が少し上がっていた。想乃はぶるぶると首を振った。

「並樹さんと同じものを、100グラムでお願いします」
「うん、わかった」

 並樹がホールスタッフを呼びつけてふたり分の注文をする。その様子をチラッと見つめて息をついた。しかたない、カードで払おうと考える。今日だけは特別。好きな人と食事できた記念日ってことにしておこう。

 ここでの出費は正直いたいけれど、無理やり自分を納得させる。

 あのあと。三十分ほど前のできごとだ。

 想乃は玄関の三和土に立ち尽くしたまま、呆然と彼を見ていた。まるで金縛りにあったかのように微動だにもできなかった。彼の言った言葉が何かの聞き間違いじゃないかと考えていたのだ。

 ーー「結婚を前提に俺とお付き合いしてもらえませんか?」
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