Deception〜私たちの恋の裏にはそれぞれの思惑が渦巻いている〜
 言われた想乃は勿論のこと、廊下に立つ郷も驚きから固まっていた。

 並樹は姉弟(きょうだい)の反応を見てふわりと笑う。『なんてね』と続けた。

『うそうそ、冗談。急にこんなことを言われたらびっくりするよね?』
『……え』

 そこでようやく金縛りが解けた。嘘。冗談、と理解して瞬時に頬が熱くなる。まさかと、少しでも間に受けた自分が恥ずかしくなった。

『今日は仕事の件で来たんだけど。こんなゴタゴタがあったあとだし。また日を改めるよ』

 言いながら彼は背広の胸ポケットに手を入れて、本革の名刺入れを取り出した。中の一枚を想乃に差し出し『これが俺の携帯番号』と言って渡してくれる。

 一度郷を経由して見た名刺だ。名前の下に十一桁の番号が手書きで記されている。

『よかったら明日以降にでも電話して? そのときに用件を話すから』

 想乃は名刺を見たまま黙りこくっていた。未だに脳がこの状況を理解してくれず、混乱していた。

 いったい何がどうなっているの? どうしてスイーツプリンスが私の家を……そもそも仕事の件ってなんの話? もしかしてスーツを汚したこと? それに何より、こんなにあっさりと携帯番号をもらってよかったの?

『じゃあ。お邪魔しました』
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