Deception〜私たちの恋の裏にはそれぞれの思惑が渦巻いている〜
 並樹は運転席に触れた手を離し、隣りの助手席へ回った。ドアを開けて『わかった』と返事をする。

『簡単なことは車で移動しながら話すよ。よかったら乗って?』

 想乃はいくらか目を見張った。ドキン、と鼓動が強く打つ。これまで父以外の男性の車になんて乗ったことがない。ましてや助手席。二十年も生きてきて、彼氏などという存在もいなかったため、初めての経験に緊張が走った。

 おずおずと並樹に近づき『お邪魔します』と小さく会釈する。『どうぞ』と並樹が微笑んだ。静かにドアを閉めてくれる。続けて運転席に乗り込んだ彼がシートベルトを締めながら想乃に一瞥をくれた。

『ところで浅倉さん。お腹すかない?』

 きょとんと目を瞬いた想乃のお腹が、きゅるるる、と小さく音を立てた。

 注文した料理が運ばれてくるのを待ちながら、想乃は嘆息をもらした。あんなのってない。あんなタイミングで。

 俯きがちに水を飲み、向かいに座る並樹を未だに正視できずにいる。

 だって今日ようやく認めたばかりなのだ。自分が働くコンビニに現れる貴公子、スイーツプリンスに対する恋心をやっと確信したばかり。

 自分とは住む世界の違う彼を、恋愛対象で想うなどとおこがましく、今まではずっと癒やしの対象で見てきた。
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