Deception〜私たちの恋の裏にはそれぞれの思惑が渦巻いている〜
 あ、やばい。指が滑った。凡ミス。

 想乃は愛すべき鍵盤を見つめ、最後の一音まで心を込めて弾き切った。

 ふぅ、と息をつく。途中で少しだけ間違えてしまったけれど、大丈夫だったかな?

 次の瞬間、パチパチとはじける音がした。鍵盤から顔を上げると店内は拍手で満たされていた。リクエストをしてくれた女性も、若干目を潤ませながら想乃に拍手を送っている。

 想乃は胸を撫で下ろしてすぐそばに立つ並樹を見上げた。浮かべた笑みが、え、と固まる。

 並樹はひと筋の涙を流しつつ想乃を見つめて拍手していた。彼が浮かべたその笑みにグッと心を掴まれたような気がした。自身の目頭が不意に熱くなり、さっと目を伏せた。

 想乃は椅子を引いて立ち上がり「ご清聴ありがとうございました」と方々に頭を下げた。

 その後、さらに二曲リクエストを受けて弾かせてもらった。二曲とも有名な映画の主題歌で想乃はクスッと笑ってしまった。女性客の多いカフェだったため、店内は大いに賑わっていた。

「結局、スイーツ食べませんでしたね?」
「うん……。なんかあの雰囲気のなかでまた席に戻って注文するって。違うような気がして出て来ちゃった」

 ごめんね、と続ける彼の視線にううん、と首を振った。深いコバルトブルーのSUVへ近づき、並樹がキーを開ける。
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