男装して婚約者を演じていたらお兄様に目をつけられてしまいました
 偶然空車のタクシーがマンションの下に止まっていたので乗り込んで公園に向かっていると電話がなった。表示はルココちゃんだ。待ち切れないのだろうかと思いながら電話に出ると緊迫した声でルココちゃんが叫んだ。

「助けてください!」
「どうしたんですか?」
「早く! 助けて!」

 普段お嬢様言葉を使うルココちゃんが敬語を使わないなんてとんでもないことが起きているに違いない。スマホから耳を離し身を乗り出す。

「すみません。急いでください」

 運転手はこくりと頷いてスピードを上げる。
 電話に耳を戻すと通話が切れていた。窓の外を見るとあと少しで公園というところだった。運転手にもルココちゃんの叫び声が聞こえていたのか車は法定速度ギリギリで走ってくれている。目を凝らして先を見たその時、公園の入り口に男性二人がドレスを来た女性の手を掴んでいる姿が見えた。
 ルココちゃんは自分が目立つと言っていた。それならあのドレスの子はルココちゃんに間違いない。
 
「あそこです」

 タクシーは映画さながらの運転技術でキュキューっと公園の入り口ピッタリに停まった。男性たちは嫌がるルココちゃんの腕を握り、無理やりどこかに連れて行こうとしているようだ。

「すぐ戻るのでドア開けて待っててください。何かあればすぐに警察に」

 タクシーから飛び降りる。

「おやめください」
「撮影会でしょう。そういう目的でそんな格好してんじゃん」
 ルココちゃんは震える声で「わたくしわ」と言った。

 そう。ルココちゃんにはどんな目的もない。
 ただの生粋のお嬢様だ!
 ただ可愛い格好をしているだけのそこらじゅうにいる女の子と同じだ。変な目を向けているのは変態のお前たちだ!

「どけ〜変態野郎!」

 精一杯野太い声で叫んで彼らの間に走り込む。なんだ? と気を取られた男たちが手を緩めた瞬間、ルココちゃんの手を掴み大きなユーターンをしながらタクシーに向かって走る。男性たちは、私が叫んだせいで通行人の目が向いていることに気づいたようで身動きが取れないようだ。必死でルココちゃんをタクシーに押し込むように乗せ、すぐに自分も乗り込みドアを閉めた。

「出してください」

 運転手は車を発車させ、車通りの多い方に車を走らせる。追いかけてくる様子はない。

「よかった……」ほっとため息をつくと隣から拍手が聞こえてくる。

「感動しましたわ」

 ルココちゃんは先程まで震えていたとは思えないほどに爽やかな笑みを浮かべている。

「大丈夫でしたか?」
「ええ。世奈様のおかげでこの通り怪我一つなく元気でございます」

 案外こんなことには慣れているのだろうか。運転手にもお礼をいい、とりあえず私の家まで送ってもらった。
  紅茶を淹れている間にすぐにルココちゃんはどこかに電話をかけていた。きっと丸留さんにお迎えを頼んでいるのだろう。丸留さんが補充してくれているクッキー缶からいくつかクッキーを取り出し、丁寧にお皿に乗せてテーブルに持って行った。

「ありがとうございます」

 ルココちゃんは笑顔で紅茶とクッキーを楽しんでいる。私はまだ心臓がドキドキして何も喉を通らないというのに見た目に反してルココちゃんは意外とタフだ。
 私の動揺に気づいたのかルココちゃんはおすすめの漫画や小説の話をし始める。全てここに置いている本だったので感想を言い合っていると次第に落ち着きを取り戻し、あっという間に時間が過ぎていた。

「そろそろかしら」とルココちゃんが言うとピンポンとチャイムがなった。
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