男装して婚約者を演じていたらお兄様に目をつけられてしまいました
「まあ、俺が作れる時間はたかが知れているが、君がその限られた時間でルココに見合う男になれるよう協力してやらんこともない」

 世奈は「ありがとうございます」と幸せそうな笑顔を見せた。また胸の辺りがざわつく。
 違うだろう、俺。

「パン、もっと食うか?」

  俺はどうかしている。世奈の食べる姿が可愛く見える。世奈の男でありながらも上品な仕草を女性として見てしまう。男性にしては高い声に女性っぽさを見出してしまう。駄目だ。世奈が女だったらと考えてしまう。俺、男も対象だったのかも知れない。女にはモテていたが、なんだかんだで彼女いない歴イコール年齢という人生を送ってきた。実は男が好きだったから付き合いたいと思うまでの女性と出会わなかった説がここにきて急浮上してきた。
 マジか……。
 ルココが好きなジャンルだから他人事には理解を示すことができていたが、いざ自分のことになると複雑な気持ちになる。いやでも、こんなの誰も幸せになれないじゃないか。
 食事が終わる頃には世奈の顔は真っ赤だった。そういえばこいつ結構酒飲んでたな。大丈夫か? と思っていると言わんこっちゃない。千鳥足で尻餅をつきやがった。はあ、仕方ないなぁと世奈が立ち上がるのを助けようとした時だった。
 世奈の二の腕は見た目通りの細さだったがふわっと柔らかさを感じた。サラサラの髪、しなやかな体つき、そして力を入れて床を押している血管が浮き出ない手の甲。
 100%の確証があるわけではなかった。だが、どうしても聞かずにはいられなかった。

「お前、女か?」

 目の前で立ち上がった世奈は先ほどまで真っ赤だった顔を真っ青に染めた。
 よく見れば細いのに喉仏がない。ああ、俺は全然こいつを見ていなかった。女っぽい男だと思っていたが違う。
 こいつは女だ。
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