男装して婚約者を演じていたらお兄様に目をつけられてしまいました
 新たな疑念を抱きつつ、食事を終えていつものように家まで送ってもらう。エントランスに着くといつものように頼人さんが私の鞄から鍵を取り出しオートロックを解除する。
 食事に行くだけの荷物なんて自分で持つことができるのだが、なぜか自分では持たせてくれない。確かにルココちゃんが飾り以外の荷物を持ったり、扉を開け閉めしているのを見たことはないが、私は根っからのお嬢様でもか弱き乙女でもない。頼人さんに恥をかかせないように持ってもらい、ドアも開け閉めしてもらっているが、未だになれない。エレベーターのボタンも頼人さんが押すし、何から何まで至れり尽くせりだ。部屋の前についた頼人さんはドアを開けて目を合わせる。

「しっかり休めよ」

 にっこり微笑む頼人さんにいつものように苦笑い「ありがとうございます」と答える。

 扉と頼人さんの腕で作られた門を潜ろうとしたところで廊下の先に笑顔で佇むルココちゃんが見えた。

「おかえりなさいませ。世奈様、お兄様」

 隣の頼人さんの表情が歪む。

「お兄様もそんなところに立っていないで入ってきたらいかがかしら」

 頼人さんはゆっくりと私の後ろに立つ。
 これはやっちまったか。
 頼人さんのことをシスコンと言っているが、ルココちゃんも頼人さんに負けず劣らずのブラコンだ。ルココちゃんは私の正体を知っている。恋愛対象は女ではなく、男。つまり、大事な大事なルココちゃんのお兄さんも対象になるってことだ。私は靴を脱ぎ捨てルココちゃんの元に走る。

「ルココちゃん、安心してください。ないですからね。これはルココちゃんの相手として相応しくなるための作法を学ぶための食事ですし」
「そんなに慌てなくてもよろしくてよ。丸留がお茶を淹れておりますからお寛ぎになって。お兄様も」

 にこやかなルココちゃんが逆に怖い。頼人さんも心なしか気まずそうに入ってくる。そんな雰囲気を出したらもっとややこしくなるじゃないか。ダイニングに移動し、着席すると目の前にルココちゃんが座り、なぜか隣に頼人さんが着席した。気まずい。気まずすぎるよ。

「お兄様。わたくしに内緒で世奈様とお食事なんて」
「ルココは学校で忙しいだろう。それに実家なんだから毎日連れて行くわけにはいかない」
「まあ、毎日一緒にお食事に行かれているのですか?」
「いや、毎日じゃないが」

 ルココちゃんが来ない日ですと言ったらきっと状況は悪化するだろう。頼人さんはルココちゃんが来ない日を狙ってきていたみたいになっちゃうから。

「わたくしにとってはお二人が仲良くしてくださるのはとても嬉しいことですのよ。ですが」

 ルココちゃんが不適な笑みを浮かべる。

「わたくしに隠れて仲良くされるとは何かがあると勘ぐってしまいましてよ」
「別に何もない。俺はただ、ルココに恥をかかせない程度の品格と実力をつけさせるためにだな」
「まああ、わたくしのためになのですね。そうですわよね。お兄様が女性と二人でお食事を楽しむなんてことございませんわよね」

 ルココちゃんは納得したように紅茶を飲み、優しく微笑んだ。
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