男装して婚約者を演じていたらお兄様に目をつけられてしまいました
 兄妹というのは似ているらしい。
 門限が19時という箱入り娘のルココちゃんは休日私が頼人さんからビジネスのイロハを教えてもらうとき、必ず家に来るようになった。書斎でパソコンとにらめっこしていると背中に刺さる視線が気になる。後ろを向くと廊下に椅子を置いたルココちゃんが微笑んでこちらを眺めている。手元にはスケッチブックと鉛筆が握られている。
 デートについてくる兄もいれば、勉強会についてくる妹もいる。そこに兄妹が居ることに関して異論すらしないし、そこに居るのが当たり前と言わんばかりに気にする事さえしない。そして何よりこの私もだんだんとこの状況に慣れつつあることに不安を感じる。

「集中しろ」

 頼人さんから叱られてパソコンと向き合う。
 新聞から情報をまとめて作ったプレゼン資料は頼人さんのお眼鏡には敵わなかったようで色々と指摘が入る。
 
「文章は書くな。キーワード、数値、グラフ。視覚的に訴えろ」

 頼人さんの話に耳を向け、改善点を学んでいく。世の中の社会人はこんなに色々なことを考えながら仕事をしているのかと思うと頭が上がらない。そして同時に思うのが、私は運がいいということだ。だって、社会に出る前に社会人として即戦力になるための勉強をマンツーマンで教えてもらえているのだから。
 頼人さんについていけば、同級生たちと肩を並べられるかもしれない。たとえその域に達しなくったって、ルココちゃんとの契約が終了する頃には自信を持って採用面接に臨める。学ぶ姿勢にもより力が入り、集中しているとルココちゃんたちがいることをすっかり忘れていた。

「お兄様、世奈様。お紅茶を入れましたので休憩をされてはいかがでしょうか?」

 頼人さんは腕時計を確認し、「ああ、そうだな」と言って立ち上がった。そして何事でもないかのように私の椅子の背もたれに手を添える。私が立ち上がると同時に椅子を引いてスペースを開けてくれる。
 頼人さんは私が女だと分かってからというものとても紳士だ。ルココちゃんの相手としてこの程度の振る舞いには自然に対応しなければならないということだろうがどうも慣れなずにドキっとしてしまう。容姿がいいから尚更だ。きっと頼人さんは女性にモテモテなのだろう。まあ、私には関係ないことだが。
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